【ケーススタディ】サステナブル原材料調達の実践:データ活用とサプライヤー協業で実現するScope 3削減
はじめに
多くのグローバル企業にとって、Scope 3排出量の削減は脱炭素経営における喫緊の課題です。特に、製品の原材料や部品の生産、輸送といったサプライチェーン上流での排出量は、企業全体のカーボンフットプリントの過半を占めることが少なくありません。このため、サプライヤーとの連携によるサステナブルな原材料調達は、Scope 3削減、ひいてはネットゼロ達成に向けた極めて重要な戦略となります。
本記事では、サステナブル原材料調達を実践し、データ活用とサプライヤーとの協業を通じてScope 3排出量削減に成功した先進企業のケーススタディを深く掘り下げます。具体的な取り組み内容、定量的な成果、直面した課題とその解決策、そして他の企業が学ぶべき成功要因と戦略的示唆について詳細に解説します。
事例概要:先進メーカーA社のサステナブル原材料調達戦略
大手消費財メーカーであるA社は、製品のライフサイクル全体における環境負荷低減を重要な経営課題として掲げています。同社のカーボンフットプリント分析の結果、原材料の生産段階が全体のScope 3排出量の約40%を占めていることが明らかになりました。この課題に対応するため、A社は「サステナブル原材料調達戦略」を策定し、主要な農産物や天然資源由来の原材料について、環境負荷(特にCO2排出)と社会的な持続可能性(森林破壊防止、労働慣行など)を基準とする調達への切り替えと、そのトレーサビリティシステム構築に着手しました。
具体的な取り組み内容とそのプロセス
A社のサステナブル原材料調達戦略は、以下の段階で実行されました。
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サステナブル基準の定義とサプライヤーへの展開: まず、調達量が多く排出量への影響が大きい主要原材料(例:パーム油、紙パルプ、コーヒー豆など)について、第三者認証や業界標準(例:RSPO、FSC、UTZ/Rainforest Allianceなど)を参照しつつ、A社独自のサステナブル基準を定義しました。この基準には、温室効果ガス排出量削減、森林破壊の禁止、生物多様性の保全、適切な労働環境の確保などが含まれます。定義した基準は、サプライヤー行動規範の一部として、既存および新規のサプライヤーに対して明確に伝えられました。
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サプライヤー評価とリスク分析: サプライヤーに対して自己評価アンケートを実施するとともに、第三者機関による現地監査やリモート評価を組み合わせることで、基準への準拠状況とリスクを評価しました。特に、排出量データについては、一次サプライヤーだけでなく、その上流(農園や製油所など)まで遡るためのデータ収集を求めました。
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トレーサビリティシステムの構築: サプライチェーンの透明性を高めるため、原材料の生産地からA社の製造拠点までの流れを追跡可能なトレーサビリティシステムを構築しました。ブロックチェーン技術を活用したプラットフォームを導入し、原材料のロット番号、生産場所、認証状況、輸送ルート、関連する排出量データなどを記録・共有する仕組みを構築しました。これにより、問題発生時の原因特定や、サステナブル基準を満たした原材料が確実に製品に使用されていることの証明を可能にしました。
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サプライヤーとの協業と能力開発: 基準を満たしていない、あるいはデータ提供に課題があるサプライヤーに対しては、一方的な取引停止ではなく、協業による改善アプローチを選択しました。排出量削減技術に関する研修プログラムの提供、生産性向上と環境負荷低減を両立する農法の共同開発、データ収集・報告ツールの提供などを行いました。また、資金調達が課題となる小規模サプライヤーに対しては、低利融資プログラムへのアクセス支援なども実施しました。
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データ収集、分析、可視化: トレーサビリティシステムやサプライヤーからの報告を通じて収集された原材料ごとの排出量データを一元的に管理・分析しました。調達量と排出量の関連性を可視化し、排出ホットスポットを特定することで、改善活動の優先順位付けに活用しました。このデータは、社内の調達、製造、サステナビリティ部門間で共有され、意思決定に役立てられました。
定量的な成果
これらの取り組みの結果、A社は以下の定量的な成果を達成しました。
- Scope 3排出量削減: 主要原材料に関連するScope 3排出量(カテゴリー1:購入した製品・サービス)を、基準年比で年間15%削減しました。これは、サステナブル基準を満たす原材料への切り替え、サプライヤーによる生産プロセス改善、およびトレーサビリティ向上による高排出源特定の効果によるものです。
- サステナブル原材料比率向上: サステナブル基準を満たす原材料の調達比率を、導入前の50%から85%まで向上させました。特定の原材料(例:パーム油)では100%の認証取得を達成しました。
- コスト効率: 短期的にはサステナブル認証原材料への切り替えやシステム導入に初期投資が発生しましたが、長期的に見ると、サプライヤーとの関係強化による安定調達、原材料ロスの削減、そしてブランド価値向上による売上増に貢献し、全体としてコスト効率が改善しました。また、排出量可視化による最適調達ルートの発見なども寄与しました。
- リスク低減: 違法伐採や社会問題に関わるサプライヤーとの取引リスクを大幅に低減し、レピュテーションリスクの回避につながりました。
- 新たな収益機会: サステナブルな原材料を使用した製品ラインを強化し、環境意識の高い消費者層へのアピールを強化した結果、これらの高付加価値製品の売上が伸長しました。
直面した課題と解決策
A社の取り組みにおいても、いくつかの困難に直面しました。
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課題1:サプライチェーンの複雑性とデータ収集の困難さ: 一次サプライヤーからさらに上流の生産者まで遡るトレーサビリティの確保と、そこからの正確な排出量データの収集は極めて困難でした。特に、小規模な生産者や中間業者を含むサプライチェーンでは、デジタル化が遅れている場合が多く、データの断片化が課題となりました。
- 解決策: 段階的なアプローチを採用しました。まずは主要サプライヤーからデータ収集を開始し、徐々にサプライチェーンの深部へと対象を拡大しました。また、衛星画像データやIoTセンサー技術、現地のNPOとの連携なども活用し、直接的なデータ収集が難しい部分を補完しました。さらに、データ入力・共有を容易にするモバイルアプリを開発し、サプライヤーに無償提供しました。
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課題2:サプライヤーの理解と協力の獲得: サステナブル基準への対応やデータ提供は、サプライヤーにとって新たな負担となるため、当初は消極的な反応も見られました。基準遵守のための追加コストに対する懸念も表明されました。
- 解決策: サプライヤーとの継続的な対話を重視しました。A社のサステナブル調達の目的(企業の長期的な安定性向上、リスク低減、市場での競争力強化など)を丁寧に説明し、協力することでサプライヤー自身も将来的にメリットを享受できること(例:新たな市場アクセス、生産性向上)を伝えました。また、基準達成度に応じたインセンティブ(長期契約の優先、共同マーケティングなど)を設計し、サプライヤーのモチベーション向上を図りました。
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課題3:トレーサビリティシステム導入のコストと技術的課題: ブロックチェーンを活用したトレーサビリティシステムの開発と導入には、多額の初期投資と技術的な専門知識が必要でした。また、システムへのデータ入力や運用に関するサプライヤー側のITリテラシーも考慮する必要がありました。
- 解決策: 複数のITベンダーと連携し、費用対効果とスケーラビリティを慎重に比較検討しました。オープンソース技術の活用や、既存の業界プラットフォームとの連携も視野に入れ、コストを抑えました。サプライヤーに対しては、システム利用に関するトレーニングや技術サポートを継続的に提供し、導入障壁を下げる努力を行いました。
成功要因と戦略的示唆
A社のサステナブル原材料調達戦略が成功した主な要因は以下の通りです。
- 経営層の強力なコミットメント: サステナブル調達が単なる環境活動ではなく、事業継続性、リスク管理、ブランド価値向上に不可欠な経営戦略であると位置づけ、経営層が明確な目標設定とリソース投入をコミットしました。
- サプライヤーとのパートナーシップ構築: 一方的な要求ではなく、サプライヤーを重要なパートナーと見なし、課題を共有し、解決策を共に探求する姿勢を貫きました。能力開発支援やインセンティブ設計は、サプライヤーのエンゲージメントを高める上で非常に有効でした。
- テクノロジーの戦略的な活用: トレーサビリティシステムにブロックチェーン技術などを活用することで、複雑なサプライチェーンにおける透明性と信頼性を飛躍的に向上させました。データ収集・分析ツールは、客観的な状況把握と効果的な意思決定を支援しました。
- 多部門連携: 調達、サステナビリティ、SCM、IT、広報など、関連する社内各部門が緊密に連携し、共通の目標に向かって取り組みを進めました。
この事例から、ターゲット読者のようなサステナビリティ担当者が自社の戦略立案や推進において参考にできる示唆は以下の通りです。
- Scope 3削減における上流サプライチェーンの重要性を再認識する: 特に原材料・部品調達が自社のカーボンフットプリントに占める割合を正確に把握し、優先順位を高く設定することが必要です。
- サプライヤーを規制対象ではなく協業相手と位置づける: 基準の提示だけでなく、技術的・財政的な支援も含めたエンゲージメント戦略が不可欠です。サプライヤーの脱炭素化は、自社単独では不可能な課題であり、共通の利益を見出すことが重要です。
- データとテクノロジーの活用を計画に組み込む: サプライチェーンの透明化と排出量可視化には、デジタル技術の導入が不可欠です。初期投資は必要ですが、長期的な効率化とリスク低減に寄与します。
- 段階的なアプローチと柔軟性を持つ: 全てのサプライヤーを一度に完璧なシステムに乗せることは非現実的です。重要度の高い原材料やサプライヤーから着手し、成功事例を積み重ねながら拡大していくことが有効です。
- 社内連携を強化する: 調達部門、製造部門、R&D部門など、サプライチェーンに関わるあらゆる部門を巻き込み、目標と情報を共有することが成功の鍵となります。
結論
A社のサステナブル原材料調達戦略は、サプライチェーン上流におけるScope 3排出量削減において、具体的な成果を上げた先進事例と言えます。この成功は、経営層の強いリーダーシップ、サプライヤーとの建設的なパートナーシップ、そしてデータとテクノロジーの効果的な活用によって実現されました。
サステナブル原材料調達は、環境負荷低減だけでなく、サプライチェーンの強靭化、リスク低減、ブランド価値向上、新たなビジネス機会創出にもつながる戦略であり、脱炭素経営を推進する企業にとって、今後ますますその重要性が高まるでしょう。本ケーススタディで得られた知見が、皆様の企業の脱炭素戦略策定と実行の一助となれば幸いです。