サステナブルビジネス事例集

サプライチェーン排出量削減への挑戦:具体的なアプローチとデータ活用のケーススタディ

Tags: Scope 3, サプライチェーン, 脱炭素経営, ケーススタディ, CO2削減, サステナビリティ, 排出量算定, サプライヤーエンゲージメント

サプライチェーン排出量(Scope 3)削減の重要性と課題

企業の脱炭素経営において、自社の直接排出(Scope 1)および間接排出(Scope 2)に加え、サプライチェーン全体で発生する排出量(Scope 3)の削減が喫緊の課題となっています。Scope 3は企業活動に関連する広範なカテゴリを含み、多くの場合、Scope 1・2を大きく上回る排出量を占めます。しかし、排出源が自社の管理下にない外部の事業者であるため、その算定・可視化は複雑であり、削減への実効性あるアプローチの構築は容易ではありません。

本稿では、このScope 3削減に積極的に取り組み、一定の成果を上げている先進事例をケーススタディとして深掘りし、その具体的な手法、定量的な成果、直面した課題と解決策、そして成功要因と戦略的示唆を解説いたします。ターゲット読者であるサステナビリティ推進担当者の皆様が、自社のScope 3削減戦略立案や実行において参考にできる実践的な知見を提供することを目指します。

事例研究:グローバル製造業A社のScope 3削減戦略

大手グローバル製造業であるA社は、製品ライフサイクル全体での環境負荷低減を経営の重要課題と位置づけ、特に排出量の大半を占めるScope 3排出量の削減に戦略的に取り組んでいます。同社は、原材料調達から製造、輸送、販売、製品使用、廃棄に至るバリューチェーン全体を対象に、GHGプロトコルの基準に基づき15のカテゴリを詳細に分析しました。その結果、排出量の大部分が「購入した製品・サービス」「輸送・配送(上流・下流)」、そして「販売した製品の使用」に関連していることを特定しました。

具体的な取り組み内容

A社は、特定された主要排出カテゴリに対し、以下のような多角的なアプローチを展開しました。

  1. 排出量算定・可視化プラットフォームの構築:

    • サプライヤーからの一次データ収集を可能にするため、クラウドベースの排出量データ管理プラットフォームを導入しました。
    • サプライヤーに対し、自社の事業活動に関する排出量データ(エネルギー消費量、使用燃料種、生産量など)を同プラットフォームを通じて報告することを要請。報告が難しい小規模サプライヤーに対しては、産業別平均データや排出原単位を用いた推計も併用しました。
    • 収集・推計したデータを集約し、カテゴリ別、サプライヤー別、製品別などに排出量を可視化するダッシュボードを構築。これにより、削減ポテンシャルの高い領域を特定しました。
  2. サプライヤーエンゲージメントの強化:

    • 主要サプライヤーを対象に、Scope 3削減の重要性、A社の目標、データ提供の依頼、削減に向けた期待を説明するオンライン説明会やワークショップを定期的に開催しました。
    • サプライヤー向けの「脱炭素ガイドライン」を作成・配布し、エネルギー効率改善、再生可能エネルギー導入、低炭素素材への転換などの具体的な削減策を提示しました。
    • サプライヤーの脱炭素への取り組み状況を評価項目として、既存のサプライヤー評価制度に組み込みました。評価が高いサプライヤーには、優先的な取引や共同での広報活動などのインセンティブを提供しました。
  3. 共同での削減プロジェクトの推進:

    • 特定のサプライヤーと連携し、共同で省エネルギー設備導入や再生可能エネルギー電力購入に関するフィージビリティスタディを実施しました。
    • 物流パートナー企業と協力し、輸送ルートの最適化、モーダルシフト(トラックから鉄道・船舶への転換)、低排出ガス車両やEVトラックの導入に関する実証実験を行いました。
    • 製品設計段階において、軽量化、長寿命化、リサイクルしやすい素材の採用などを推進し、「販売した製品の使用」や「製品の廃棄」における排出量削減を図りました。
  4. 製品使用段階の排出量削減:

    • 販売した製品、特にエネルギー消費の大きい産業機械などについて、顧客がエネルギー効率の高い運用を行えるよう、IoT技術を用いたリアルタイムの稼働データ分析サービスを提供しました。
    • 製品の省エネ性能向上に向けた研究開発を強化し、次世代モデルでの大幅な消費電力削減を目指しました。

定量的な成果

これらの取り組みの結果、A社は以下の定量的な成果を達成しました。

これらの数値は、Scope 3削減が単なる環境対策に留まらず、サプライチェーン全体の効率化や製品競争力の向上にも寄与しうることを示唆しています。

直面した課題と解決策

A社のScope 3削減への道のりは平坦ではありませんでした。いくつかの重要な課題に直面しましたが、戦略的な対応によって克服を図りました。

  1. 課題:サプライヤーからのデータ収集の困難さ

    • 多くのサプライヤー、特に中小規模の事業者は、自社の排出量データを体系的に収集・管理する体制を持っていませんでした。また、データ提供に対する関心やリソースの不足も見られました。
    • 解決策: データ収集プラットフォームの導入と並行し、サプライヤー向けの説明会や個別相談会を繰り返し開催し、Scope 3削減の意義とデータ提供のメリット(A社からの評価向上、将来的な取引機会の拡大など)を丁寧に説明しました。また、データ入力の手間を減らすための簡便なツール提供や、データ算定に関する基本的なトレーニングも実施しました。最初は推計値からのスタートでも許容し、段階的に一次データの収集率を高める方針をとりました。
  2. 課題:削減施策の実行に対するサプライヤー間の温度差

    • 一部のサプライヤーは脱炭素への投資に前向きでしたが、コスト負担や技術的な制約から消極的なサプライヤーも存在しました。
    • 解決策: 一律の削減目標を課すのではなく、サプライヤーの事業規模、業種、既存の取り組み状況に合わせて段階的かつ柔軟な目標設定を推奨しました。共同プロジェクトについては、A社が一部の初期投資や技術支援を提供することで、サプライヤーの負担軽減を図りました。また、成功事例を共有する場を設けることで、他のサプライヤーのモチベーション向上を促しました。
  3. 課題:膨大なデータの管理・分析の複雑さ

    • 多数のサプライヤーから多様な形式で収集されるデータを統合し、信頼性の高い排出量として算定・管理することは技術的に大きな課題でした。
    • 解決策: 高度なデータ処理能力と柔軟なカスタマイズ性を持つ外部の専門サービス(排出量算定プラットフォームプロバイダー)を導入しました。専門家によるサポートを受けながら、データの標準化、品質管理、自動算定機能を実装。これにより、データの正確性を高めつつ、担当者の手作業による負担を大幅に削減しました。

成功要因と戦略的示唆

A社のScope 3削減が一定の成果を上げた主要因は以下の点に集約されます。

  1. 経営トップの強力なコミットメント: CEOを含む経営陣がScope 3削減を重要戦略として位置づけ、目標設定、予算確保、社内外への発信を主導したことが、取り組み全体を推進する強力な原動力となりました。
  2. 専門部署と部門横断的な連携: サステナビリティ推進部署が中心となりつつも、調達、生産、物流、製品設計、営業など関連部門が密接に連携する推進体制を構築しました。特に、サプライヤーとの接点を持つ調達部門の積極的な関与が重要でした。
  3. データに基づいた現状把握と目標設定: 精緻な排出量算定と可視化により、削減ポテンシャルの高い領域を特定し、根拠に基づいた具体的な目標を設定できたことが、リソースの最適配分と施策の優先順位付けを可能にしました。
  4. サプライヤーとの対話と共創: サプライヤーを単なる取引先としてではなく、脱炭素化に向けたパートナーと位置づけ、一方的な要請ではなく、丁寧な説明、情報提供、共同での取り組みを通じて信頼関係を構築したことが、データ提供協力や削減努力につながりました。
  5. 段階的かつ柔軟なアプローチ: 最初から完璧を目指すのではなく、まずは主要サプライヤーからのデータ収集に注力し、徐々にカバー範囲とデータの質を高めていく、また、サプライヤーの状況に応じた柔軟な目標設定や支援を行うなど、現実的なステップを踏んだことが、取り組みの継続性を担保しました。

これらの成功要因は、ターゲット読者の皆様が自社でScope 3削減に取り組む上での重要な示唆となります。特に、経営層のリーダーシップ、部門間の連携体制、そしてサプライヤーとの関係構築は、技術やツールの導入以上に、成果を左右する鍵となります。

結論

サプライチェーン排出量(Scope 3)の削減は、脱炭素経営の実現に不可欠でありながら、多くの企業にとって複雑で挑戦的な課題です。本稿で紹介したA社の事例は、データ活用のためのプラットフォーム構築、サプライヤーとの強固なエンゲージメント、そして共同での削減プロジェクト推進といった具体的なアプローチを通じて、着実に成果を上げられることを示しています。

Scope 3削減を成功させるためには、単に排出量を算定するだけでなく、サプライチェーンに関わる全てのステークホルダーとの協力関係を構築し、共通の目標に向かって段階的に取り組んでいく戦略が必要です。本稿で得られた知見が、皆様の組織におけるScope 3削減戦略の策定・実行、そしてサステナブルなバリューチェーンの構築に貢献できれば幸いです。