大手企業による中小サプライヤー向け脱炭素化支援:共創プログラムを通じたScope 3削減の実践事例
はじめに
グローバル企業にとって、サプライチェーン全体での排出量、いわゆるScope 3の削減は、脱炭素経営における最も重要な課題の一つです。特に、多くの企業活動が中小規模のサプライヤーによって支えられている場合、その脱炭素化をどのように推進するかは、自社のScope 3削減目標達成の鍵となります。しかし、中小サプライヤーは、資金、人材、ノウハウといったリソースが限られている場合が多く、自社単独での脱炭素化に困難を抱えています。
本稿では、大手企業が中小サプライヤーと積極的に共創することで、Scope 3排出量削減を成功させている具体的な事例を取り上げ、その取り組み内容、定量的な成果、直面した課題と解決策、そして成功要因と戦略的示唆を深く掘り下げます。サステナビリティ推進部門の責任者や担当者の皆様が、自社のサプライヤーエンゲージメント戦略を立案・実行する上での一助となれば幸いです。
事例概要:大手製造業X社によるサプライヤー脱炭素化共創プログラム
国内外に広範なサプライチェーンを持つ大手製造業X社では、自社の排出量の約7割がScope 3、その大半がTier 1以下のサプライヤーからの排出であることが明らかになりました。この状況に対し、X社は単にサプライヤーに削減を要求するのではなく、共に脱炭素化を進める「共創プログラム」を立ち上げました。
このプログラムは、サプライヤーの脱炭素化レベルに応じた段階的な支援と、具体的なツールの提供を柱としています。
具体的な取り組み内容とプロセス
X社の共創プログラムは、以下のステップで設計・実行されました。
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現状把握と目標設定:
- まず、主要サプライヤーを対象に、現状のCO2排出量(Scope 1, 2)に関する簡易調査を実施しました。データの収集・可視化には、X社が独自に開発したオンラインツールを無償提供し、サプライヤーの入力負担を軽減しました。
- 調査結果に基づき、サプライヤーごとに実現可能な削減目標を設定するワークショップを実施しました。目標設定においては、各社の事業規模、技術力、投資能力などを考慮し、実現可能性を重視しました。
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段階的な支援メニューの提供:
- レベル0(基礎段階): 脱炭素化の重要性や基本的な手法(省エネ、再生可能エネルギー)に関するオンラインセミナー、個別相談会を実施しました。
- レベル1(計画策定段階): GHG排出量算定ツールのより高度な利用方法、削減計画の策定支援(専門家派遣、テンプレート提供)を行いました。中小企業診断士などの専門家と連携し、サプライヤーの実情に合わせたアドバイスを提供できる体制を構築しました。
- レベル2(実行段階): 具体的な省エネ設備導入、再生可能エネルギー調達(PPAや非化石証書購入)に関する情報提供、優良ベンダーの紹介、初期費用負担軽減のための金融機関との連携(X社との取引実績に基づく優遇金利での融資紹介など)を実施しました。
- レベル3(先進段階): 製品設計段階での低炭素材利用の共同検討、製造プロセスの根本的な見直しに関する共同研究開発プロジェクトなどを実施しました。
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インセンティブとコミュニケーション:
- プログラム参加サプライヤーには、X社からの評価項目に脱炭素への取り組み状況を加点し、優先的な取引や長期契約の可能性を示唆しました。
- 成功事例を共有する年次フォーラムを開催し、サプライヤー間の情報交換とモチベーション向上を図りました。また、X社の経営層が直接、プログラムの意義や成果をサプライヤーに伝える機会を設けました。
定量的な成果
プログラム開始から3年後、X社のサプライヤー共創プログラムは以下の成果を上げています。
- 参加率: 主要サプライヤーの約80%がプログラムに参加し、うち約60%がレベル1以上の計画策定・実行段階に進みました。
- Scope 3排出量削減: 参加サプライヤー全体のScope 1, 2排出量(X社のScope 3の一部)は、基準年比で合計15%削減されました。これはX社のScope 3排出量全体の約5%削減に相当します。
- コスト削減: 参加サプライヤーの約40%が、省エネ対策により電力コストを平均10%削減できたと報告しています。
- 新たなビジネス機会: 低炭素技術やサービス開発に関する共同プロジェクトから、複数の新しい技術・プロセスが生まれ、一部は他社への外販も検討されています。
直面した課題と解決策
プログラム推進においては、いくつかの課題に直面しました。
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サプライヤーの関心とリソース不足: 特に小規模サプライヤーでは、日々の事業活動に手一杯で、脱炭素化への関心や投資余力が低い傾向が見られました。
- 解決策: 脱炭素化が将来的な事業継続(顧客からの要求、規制強化)に不可欠であること、コスト削減や競争力向上に繋がることを具体的に説明するワークショップや個別訪問を強化しました。また、初期投資が少なく始められる簡易的な省エネ診断ツールや、無償のオンライン教育コンテンツを拡充しました。
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排出量データの収集と精度: サプライヤーによってデータ収集体制や計測方法が異なり、データの網羅性や精度にばらつきがありました。
- 解決策: 共通の簡易算定ツールと詳細な入力マニュアルを提供し、データ収集方法に関する継続的なサポートデスクを設置しました。また、信頼性の高いデータを提供できたサプライヤーには、認定制度を設けて評価に反映させました。
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支援内容の個別最適化: サプライヤーの業種、規模、技術レベルは多様であり、画一的な支援では効果が限定的でした。
- 解決策: 事前調査でサプライヤーをいくつかのクラスターに分類し、それぞれのクラスターの特性に合わせた支援メニュー(例:製造プロセスが多い企業向け、運送・物流が多い企業向けなど)を用意しました。
成功要因と戦略的示唆
X社のサプライヤー脱炭素化共創プログラムが成功した主な要因は以下の点にあります。
- 「要求」ではなく「共創」の姿勢: 単に削減目標を課すのではなく、共に課題解決に取り組み、サプライヤー側のメリット(コスト削減、技術力向上、新たなビジネス機会、X社からの評価向上)も明確に提示したことが、サプライヤーの積極的な参加意欲を引き出しました。
- 経営層の強いコミットメント: X社の経営トップがプログラムの重要性を繰り返し社内外に発信し、必要なリソース(人材、予算)を確保したことが、社内の関連部門(調達、技術、営業など)やサプライヤーに対する本気度を示し、推進力を高めました。
- 具体的で実践的な支援: 抽象的な目標だけでなく、簡易算定ツール、専門家による診断、金融機関連携といった、サプライヤーが実際に活用できるツールやノウハウを提供したことが、行動変容に繋がりました。
- 長期的な視点と柔軟な対応: 短期的な成果だけでなく、長期的な視点で関係性を構築し、プログラムの運用を通じて明らかになった課題に対し、柔軟に支援内容を改善していったことが、継続的な成果に繋がりました。
- サプライヤー間の連携促進: 成功事例の共有やネットワーキングの機会を提供することで、サプライヤー自身が互いに学び合い、刺激し合う環境を整備しました。
これらの成功要因から、他の企業がサプライヤー脱炭素化戦略を構築・推進する上で、以下の戦略的示唆が得られます。
- Win-Winの関係構築: サプライヤーの脱炭素化が自社の目標達成に不可欠であると同時に、サプライヤー自身の事業強化にも繋がるという共通認識を醸成することが重要です。
- 多様性への対応: サプライヤーの規模、業種、所在地などに応じたテーラーメイドの支援策が必要です。セグメンテーションに基づいたアプローチが有効です。
- データとデジタル技術の活用: GHG排出量の見える化、削減効果の測定、情報提供、進捗管理などにおいて、デジタルツールやプラットフォームの活用が不可欠です。
- 社内外の関係者連携: 調達部門だけでなく、技術、財務、広報、営業など社内関連部門の連携に加え、金融機関、コンサルティング会社、業界団体、他の大手企業との連携(コンソーシアム形成など)も、リソースの効率化と影響力の拡大に繋がります。
結論
Scope 3排出量削減は、複雑で多岐にわたる課題ですが、その鍵を握るのはサプライヤーとの関係構築と共創です。大手企業がリードし、サプライヤーの実情に寄り添った具体的な支援プログラムを展開することで、サプライヤーの脱炭素化を促進し、自社のScope 3削減目標達成に大きく貢献することが可能です。
本事例は、単なる要求に留まらない「共創」のアプローチが、サプライヤーの能動的な参加と具体的な成果に繋がることを示しています。今後、より多くの企業がこのような取り組みを深化・拡大させ、サプライチェーン全体での脱炭素化を加速させていくことが期待されます。