サステナブルビジネス事例集

鉄鋼業のカーボンニュートラル挑戦：水素還元製鉄とCCUSの組み合わせによるCO2大幅削減事例

Tags: 鉄鋼業, 脱炭素, 水素還元製鉄, CCUS, カーボンニュートラル

鉄鋼業は世界のエネルギー消費およびCO2排出において大きな割合を占める基幹産業であり、その脱炭素化はグローバルな気候変動対策において極めて重要な課題です。特に、鉄鉱石を高炉で還元する際に発生するCO2排出量は多く、既存のプロセスからの転換は容易ではありません。このような背景のもと、カーボンニュートラル実現に向け、水素還元製鉄やCCUS（Carbon Capture, Utilization and Storage：CO2回収・利用・貯留）といった革新的な技術への注目が高まっています。本記事では、これらの技術を組み合わせたアプローチにより、脱炭素化を具体的に進めている鉄鋼メーカーの事例を深掘りし、その取り組み内容、成果、課題、そして他の企業への示唆について詳述します。

事例概要：水素還元製鉄とCCUSの融合による脱炭素アプローチ

今回取り上げるのは、伝統的な高炉法による鉄鋼生産を主としてきたある大手鉄鋼メーカー（以下、本事例企業）による、次世代製鉄技術とCCUSを組み合わせたカーボンニュートラル戦略です。本事例企業は、段階的に水素還元製鉄技術の実証・導入を進めると同時に、既存の高炉プロセスや副生ガスからのCO2回収・有効利用・貯留の技術開発および社会実装に取り組んでいます。これは、単一技術に依存するのではなく、複数のアプローチを組み合わせることで、脱炭素目標の達成確度を高めようとする戦略的な取り組みです。

具体的な取り組み内容とそのプロセス

本事例企業の脱炭素戦略は、主に以下の柱で構成されています。

  1. 水素還元製鉄技術の開発・実証:

    • 既存の高炉プロセスを部分的に活用しつつ、還元材の一部または全部を水素に置き換える技術（水素活用製鉄）の実証を進めています。具体的には、高炉への水素吹き込み試験や、シャフト炉を用いた100%水素による直接還元鉄製造プロセス（DRI-H2）の実証プラント建設・操業を行っています。
    • 将来的には、従来の高炉法を完全に置き換える可能性のある、100%水素還元製鉄技術の確立を目指し、要素技術開発や大型化に向けた研究開発に投資しています。
    • 必要な水素については、再生可能エネルギー由来のグリーン水素の調達を見据え、国内外の水素供給事業者との連携強化や、自社での製造技術開発にも取り組んでいます。

  2. CCUS技術の適用:

    • 高炉ガス、コークス炉ガスなどの製鉄プロセスから発生する高濃度CO2ガスに対して、化学吸収法などを中心としたCO2分離・回収技術の適用を進めています。
    • 回収したCO2の一部は、メタネーションによる燃料化や、化学品原料としての利用など、有効利用（CCU）の道を模索しています。
    • 回収された大部分のCO2については、安全かつ恒久的な地中貯留（CCS）の実現を目指し、適切な貯留サイトの選定や、輸送インフラの構築に関する調査・検討を国内外で行っています。
    • 既存設備の操業を継続しながらCCUS設備を統合する必要があるため、プラント設計の最適化や運転ノウハウの蓄積が重要なプロセスとなっています。

  3. 既存プロセスの高効率化と再エネ導入:

    • これらの革新技術に加え、省エネルギー設備の導入、排熱回収の徹底、電力購入契約（PPA）による再生可能エネルギー電力の調達拡大など、既存の製鉄プロセスにおけるCO2排出削減努力も継続しています。これらは短期的な排出削減に貢献しつつ、将来的な水素還元製鉄への移行期間における排出量抑制に寄与します。

これらの取り組みは、単なる技術開発に留まらず、水素サプライチェーンの構築、回収CO2の利用・貯留先の確保といった社会インフラとの連携、そして低炭素鋼材という新たな製品市場の創出といった、多岐にわたる側面を含んでいます。

定量的な成果（見込み含む）

本事例企業の取り組みによる定量的な成果は、現時点では実証段階のものが主ですが、将来的なポテンシャルは非常に大きいと評価されています。

直面した課題と解決策

革新的な技術開発と大規模な社会実装には、多くの困難が伴います。本事例企業が直面した主な課題と、それに対する解決策は以下の通りです。

  1. 技術的なハードルと不確実性: 水素還元製鉄や大規模CCUSは、まだ技術開発・実証段階の部分が多く、安定操業や大型化、既存設備とのインテグレーションには技術的な課題が山積しています。

    • 解決策: 自社単独ではなく、国内外の研究機関、大学、エンジニアリング企業とのオープンイノベーションを推進し、リスク分散と技術開発スピードの加速を図っています。実証プラントでのデータに基づき、設計や運転方法の改善を継続的に行っています。

  2. 巨額な設備投資と投資回収: 新しい製鉄プロセスやCCUS設備の建設には、莫大な初期投資が必要です。投資回収には長期を要し、その間の経済合理性の確保が課題です。

    • 解決策: 国や自治体からの補助金・税制優遇措置の活用を積極的に働きかけるとともに、国内外のパートナー企業や金融機関との連携により、プロジェクトファイナンスなど多様な資金調達スキームを検討・実行しています。また、段階的な導入計画を策定し、投資リスクを管理しています。

  3. 水素の供給安定性とコスト: 大規模な水素還元製鉄には、安価で安定した大量のグリーン水素供給が不可欠ですが、現在のインフラや市場は十分整備されていません。

    • 解決策: 水素製造技術を持つ企業との共同開発や、海外からの輸入を含めた多様な水素調達先の確保、長期契約による安定供給体制の構築を目指しています。水素インフラ整備に向けた政策提言活動も行っています。

  4. CCUSのインフラと規制: 回収したCO2の輸送インフラ（パイプライン、船舶など）や、適切な貯留サイトの確保、関連する法規制の整備が国内外で十分に進んでいない現状があります。

    • 解決策: 国際的な枠組みでの協力や、関係省庁・自治体との継続的な協議を通じて、必要なインフラ整備や法制度改革に向けた働きかけを行っています。複数の貯留サイト候補を検討し、実現可能性調査を進めています。

成功要因と戦略的示唆

本事例企業がこれらの困難に立ち向かい、脱炭素への道を切り開いている成功要因は、以下の点に集約されます。

これらの事例から、ターゲット読者の皆様（サステナビリティ推進部門の責任者・担当者）が自社の戦略立案や推進において参考にできる点は多岐にわたります。特に、技術開発には時間を要し、巨額の投資が必要となる高難度な脱炭素課題に取り組む場合、以下の点が重要となります。

結論

鉄鋼業におけるカーボンニュートラルへの挑戦は、製造業の中でも特に難易度の高い分野ですが、本事例企業のように水素還元製鉄とCCUSを組み合わせた革新的なアプローチにより、着実に進展が見られています。巨額投資、技術的な不確実性、インフラ整備の遅れといった課題は存在しますが、経営の強い意思、オープンイノベーション、多角的なアプローチ、そしてサプライチェーン全体での連携強化によって、これらの課題克服に挑んでいます。

本事例は、高温プロセスを抱える他の素材産業や化学産業だけでなく、脱炭素化に大きな投資と技術開発が必要なあらゆる産業にとって、実践的な戦略策定と推進における貴重な示唆を与えるものです。自社の脱炭素戦略を検討・推進される際には、本事例で示された技術、プロセス、課題解決アプローチ、そして成功要因を参考に、具体的な行動計画の策定にお役立ていただければ幸いです。