大手小売業のサプライチェーン脱炭素化:データ活用と協業で実現するScope 3削減事例
はじめに:小売業におけるScope 3削減の重要性
世界的に脱炭素化への機運が高まる中、企業の排出量削減目標はScope 1(自社直接排出)、Scope 2(購入したエネルギー由来排出)に加え、サプライチェーン全体にわたるScope 3(その他間接排出)にまで拡大しています。特に小売業界では、製造委託先、物流、原材料調達、製品の使用・廃棄に至るまで、Scope 3が排出量全体の9割以上を占めるケースが多く、この領域での削減なくしてカーボンニュートラルは実現できません。
しかし、多岐にわたる数万社、数十万社ものサプライヤーを巻き込み、その排出量を正確に把握し、削減を働きかけることは容易ではありません。本稿では、グローバルで事業を展開する大手小売企業による、広範なサプライチェーンにおけるScope 3排出量削減の先進的な取り組み事例を掘り下げ、その具体的な手法、直面した課題、そして他の企業が学ぶべき戦略的示唆を提供します。
事例企業の具体的な取り組み内容とプロセス
本事例で取り上げる大手小売企業(以下、A社)は、製品調達から販売、顧客による使用・廃棄に至るまでのバリューチェーン全体での温室効果ガス排出量実質ゼロを目指し、特に排出量の大部分を占めるScope 3削減に注力しています。その主要な取り組みは以下の通りです。
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Scope 3排出量の可視化とデータ基盤構築:
- 数万社のサプライヤーに対し、自社製品の製造に関わるエネルギー消費量、輸送手段、原材料調達に関するデータ提出を義務付けました。
- データ収集には、第三者機関が提供する排出量算定プラットフォームを活用し、サプライヤーが容易にデータを入力・提出できる仕組みを構築しました。このプラットフォームは、排出原単位データベースと連携し、入力された活動量データから自動的にCO2排出量を計算します。
- 特に中小規模のサプライヤーに対しては、データ収集・算定方法に関する詳細なガイドラインを提供し、ワークショップやオンラインセミナーを定期的に開催することで、データ提出能力の向上を支援しました。
- 収集されたデータは、製品カテゴリー、地域、サプライヤー別などに集計・分析され、排出量のホットスポットを特定するために活用されます。
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サプライヤーエンゲージメントと削減目標設定:
- 主要な排出源となっているサプライヤーに対し、個別のエンゲージメントプログラムを実施しました。具体的には、共同で削減ポテンシャルを評価し、実現可能な削減目標(SBTに準拠した目標設定を推奨)を設定することを奨励しました。
- 目標達成に向けた技術的なアドバイスや、省エネルギー設備導入、再生可能エネルギーへの転換などに関する情報提供を行いました。
- 一部のサプライヤーに対しては、低利融資や共同投資プログラムを通じて、脱炭素化投資への資金面での支援を行いました。
- 脱炭素化の進捗を評価項目に含め、優れた取り組みを行ったサプライヤーを表彰する制度も導入し、モチベーション向上を図りました。
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物流ネットワークの最適化と低炭素化:
- AIを活用した輸送ルートの最適化により、輸送距離と輸送回数の削減を進めました。
- トラック、船舶、航空機など、輸送手段別の排出原単位を評価し、より排出量の少ないモーダルシフト(例:トラックから鉄道・船舶へ)を促進しました。
- 配送センターや倉庫において、エネルギー効率の高い設備(LED照明、高効率空調など)への更新と、屋上太陽光発電設備の導入を進めました。
- ラストマイル配送におけるEVトラックや電動アシスト自転車の導入を試験的に開始しました。
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製品ライフサイクル全体での排出量削減:
- 製品設計段階からサステナビリティ部門と連携し、低炭素な原材料(リサイクル素材、バイオベース素材など)の使用を促進しました。
- 製品パッケージの簡素化、リサイクルしやすい素材への変更、再生プラスチック使用比率の向上などをサプライヤーと協力して進めました。
- 製品の長寿命化設計や、修理・リサイクルサービスの提供を通じて、製品使用・廃棄段階での排出量削減にも貢献しました。
定量的な成果
これらの取り組みにより、A社は設定したScope 3削減目標に対し、以下のような定量的な成果を上げています。
- Scope 3排出量削減: ベースライン年(例: 2015年)と比較して、〇〇%のScope 3排出量削減(絶対量ベース)を達成しました(具体的な数値は企業により異なりますが、ここでは事例として成果を示します)。これは、主にサプライヤーにおけるエネルギー効率改善、再生可能エネルギー導入、そして物流効率化や製品設計変更による効果です。
- サプライヤーの削減目標設定率: 主要サプライヤーの〇〇%が、A社の推奨する排出量削減目標(SBT準拠レベル)を設定しました。
- コスト削減: 物流ネットワーク最適化により、輸送コストを〇〇%削減。倉庫・配送センターのエネルギー効率化により、光熱費を年間〇〇億円削減しました。これらのコスト削減の一部は、脱炭素化投資の回収や追加投資に充当されています。
- ブランド価値向上: サステナブルな製品に対する消費者の関心の高まりを捉え、環境配慮型製品の売上が〇〇%増加しました。企業の脱炭素への取り組みは、投資家や顧客からの評価向上にも繋がっています。
直面した課題と解決策
A社がサプライチェーンの脱炭素化を進める上で、いくつかの大きな課題に直面しました。
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課題1:広範なサプライヤーからのデータ収集と信頼性確保
- 数万社に及ぶ多様なサプライヤー、特に中小企業からの正確な活動量データ(エネルギー消費、輸送距離など)の収集は非常に困難でした。データの粒度がばらついたり、排出量算定の知識が不足していたりすることが課題となりました。
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- データ収集プラットフォームの導入と、入力項目の標準化を徹底しました。
- 算定ガイドラインを多言語化し、オンラインでの無料トレーニングを拡充しました。
- サプライヤーへの定期的なフォローアップと、必要に応じて第三者機関によるデータ検証を導入しました。初期段階では簡易的なデータでも受け付け、段階的にデータ精度を向上させるアプローチを取りました。
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課題2:サプライヤーの脱炭素化へのモチベーション向上と投資促進
- サプライヤーにとって、脱炭素化への投資はコスト増に繋がりかねず、特に中小企業は資金やノウハウの不足から取り組みが進みにくい状況がありました。
- 解決策:
- 脱炭素化がサプライヤー自身の事業継続や競争力強化に繋がることを明確に伝えました(例:エネルギーコスト削減、新たな取引機会の創出)。
- 共同での技術導入実証プロジェクトや、大手金融機関と連携したグリーンファイナンスプログラムを提供しました。
- 脱炭素化の取り組み状況を取引継続や拡大の判断基準の一つに含めることを検討し、長期的な関係構築の中で協力を呼びかけました。
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課題3:社内関連部門間の連携強化
- サステナビリティ部門だけでなく、調達部門、物流部門、製品開発部門、IT部門など、多様な部門が連携して取り組む必要がありましたが、部門間の優先順位や目標の違いから連携がスムーズにいかないことがありました。
- 解決策:
- 経営層が明確な脱炭素目標を全社に示し、各部門の目標に落とし込むことで、共通認識を醸成しました。
- 定期的に部門横断的なワークショップや情報共有会を開催し、進捗状況の確認と課題解決に向けた議論を行いました。
- 脱炭素化への貢献度を人事評価に反映させる制度を導入し、社内でのオーナーシップを高めました。
成功要因と戦略的示唆
A社のサプライチェーン脱炭素化の成功は、以下の要因に起因すると考えられます。
- 経営層の強力なリーダーシップとコミットメント: 最高経営責任者(CEO)が脱炭素化を経営戦略の最重要課題と位置づけ、長期的な目標を明確に示したことが、全社およびサプライヤーを巻き込む推進力となりました。
- データに基づいた戦略策定と継続的なモニタリング: 広範なデータ収集と分析により、排出量のボトルネックを特定し、効果的な対策にリソースを集中させました。また、進捗状況を定期的にモニタリングし、必要に応じて戦略を修正する柔軟性も重要でした。
- サプライヤーとの長期的な信頼関係と共創: サプライヤーを単なる取引先ではなく、共に脱炭素化という目標を達成するパートナーと位置づけ、一方的な押し付けではなく、対話と支援を通じて協業体制を構築しました。
- テクノロジーの効果的な活用: データ収集・分析プラットフォーム、AIによる物流最適化など、デジタル技術を積極的に活用することで、複雑なサプライチェーンにおける脱炭素化を効率的に推進しました。
この事例から、ターゲット読者である大手企業のサステナビリティ担当者は、以下の戦略的示唆を得ることができます。
- Scope 3削減はデータが鍵: まずは自社のScope 3排出量を可能な限り正確に把握し、ホットスポットを特定することが全ての出発点となります。複雑なデータ収集には、外部プラットフォームの活用やサプライヤーへの継続的な働きかけが不可欠です。
- サプライヤーエンゲージメントは戦略的に: 全てのサプライヤーに一律のアプローチをするのではなく、排出量の多い主要サプライヤーから優先的にエンゲージメントを行い、目標設定支援、技術・資金サポート、情報提供などを組み合わせることで、実効性を高めることができます。
- 社内連携は必須: サステナビリティ部門単独での推進は限界があります。調達、製造、物流、製品開発、販売など、関連する全ての部門を巻き込み、共通目標の下で連携を強化するための仕組みづくりが重要です。
- 長期的な視点と柔軟性: サプライチェーンの脱炭素化は一夜にして達成できるものではありません。長期的な目標を設定しつつ、データ収集やサプライヤー支援の方法を継続的に改善していく柔軟な姿勢が求められます。
結論:サプライチェーン脱炭素化は競争優位性の源泉へ
大手小売業A社の事例は、広範で複雑なサプライチェーンにおけるScope 3排出量削減が、困難であると同時に、データ活用、テクノロジー導入、そしてサプライヤーとの強固な連携によって着実に進められることを示しています。定量的な成果だけでなく、コスト削減やブランド価値向上といったビジネス上のメリットも生み出しており、脱炭素化は単なる環境対策に留まらず、企業の持続的な成長と競争優位性確保のための重要な戦略であることを証明しています。
サステナビリティ推進部門の皆様にとって、この事例が自社のサプライチェーン脱炭素戦略を具体化し、実行に移す上での実践的な示唆となれば幸いです。