サステナブルビジネス事例集

製品設計における脱炭素化戦略:エコデザインとLCAを活用した先進事例

Tags: エコデザイン, LCA, 製品設計, 脱炭素経営, Scope 3, ケーススタディ, 製造業, サプライチェーン

はじめに:製品設計段階での脱炭素化の重要性

企業活動における温室効果ガス排出量のうち、製品のライフサイクル全体、特に原材料調達、製造、使用、廃棄といった段階で発生する排出量(いわゆるScope 3排出量)が大きな割合を占めるケースが少なくありません。これらの排出量を抜本的に削減するためには、製品の企画・設計段階からのアプローチが不可欠となります。製品設計は、使用する素材、製造プロセス、エネルギー効率、耐久性、修理・リサイクル性などを決定づけるため、ライフサイクル全体にわたる環境負荷、特にCO2排出量に決定的な影響を与えます。

本記事では、製品設計における脱炭素化の具体的な手法として注目されるエコデザインとライフサイクルアセスメント(LCA)に焦点を当て、これらを戦略的に導入し、定量的な成果を上げている先進的な大手企業のケーススタディを深く掘り下げて解説します。

先進事例:大手家電メーカーA社のエコデザイン戦略

大手家電メーカーA社は、製品のライフサイクル全体でのCO2排出量削減を経営の重要課題と位置付け、特に製品設計段階での取り組みを強化しています。同社は、自社製品の環境負荷の多くが製品使用段階と廃棄段階に集中していることをLCAによって明らかにし、設計部門を中心にエコデザイン戦略を推進しました。

具体的な取り組み内容とそのプロセス

A社では、以下の主要な取り組みを進めています。

  1. エコデザインガイドラインの策定と標準化:
    • 製品カテゴリーごとに、軽量化、省エネルギー化(使用段階)、再生材・バイオ素材の利用、長寿命化、修理・分解・リサイクル容易性の向上に関する具体的な設計要件を定めたガイドラインを策定しました。
    • このガイドラインは、製品開発の企画段階から最終設計レビューに至るまで、必須のチェックリストとして組み込まれています。
  2. LCAツールの全社導入と設計者への教育:
    • 主要製品のライフサイクル全体にわたる環境影響を定量的に評価するため、標準化されたLCAソフトウェアを全社的に導入しました。
    • 製品設計者やR&Dエンジニア向けに、LCAの基礎知識、ツールの使い方、評価結果の解釈方法に関する体系的な研修を実施し、設計判断にLCAデータを活用できる人材育成を進めました。
  3. R&D部門と設計部門の早期連携強化:
    • 新しい素材や技術の研究開発段階から、環境性能(特にCO2排出量)を評価するプロセスを組み込みました。
    • 次期製品の企画会議には、サステナビリティ部門、R&D部門、設計部門の担当者が必ず参加し、環境目標と製品機能・コスト・デザインのバランスを早期に検討する体制を構築しました。
  4. サプライヤーとの協業による素材転換:
    • 使用素材の環境負荷低減のため、再生プラスチックやバイオベースプラスチックの安定供給と品質確保に向け、主要サプライヤーと共同で研究開発を進めました。
    • サプライヤー選定基準に、環境性能(CO2排出原単位など)に関する項目を追加し、サステナブルな素材調達を推進しました。

定量的な成果

これらの取り組みの結果、A社のある主力製品群において、以下のような定量的な成果が得られました。

直面した課題と解決策

A社のエコデザイン推進においては、いくつかの課題に直面しました。

  1. 課題:部門間連携の壁: R&D、設計、調達、製造、販売といった各部門が縦割りになりがちで、ライフサイクル全体での環境負荷低減という共通目標に向けた連携が円滑に進まないことがありました。特に、設計変更が製造コストや調達ルートに与える影響を早期に把握し、調整するのが困難でした。
    • 解決策: 各部門のキーパーソンを含む「ライフサイクル環境負荷低減クロスファンクショナルチーム」を設置し、定期的な合同会議を通じて情報共有と意思決定を行う体制を構築しました。また、全社共通の環境目標を個人の評価項目にも一部組み込むことで、部門横断的な協力体制を促進しました。
  2. 課題:LCAデータ収集と精度の確保: 製品を構成する数千点に及ぶ部品や素材に関する正確な環境負荷データ(特にサプライヤーからのデータ)を収集し、LCA評価の精度を維持することが困難でした。
    • 解決策: 主要サプライヤーに対し、環境負荷データ提供の協力を依頼するとともに、データ収集のための専用プラットフォームを開発・提供しました。また、業界標準のデータベースや排出原単位データも活用しつつ、自社製品の評価精度向上に継続的に取り組みました。データの不確実性については、感度分析を行うことで、設計上の重要な判断点におけるリスクを評価しました。
  3. 課題:初期コストの増加: 再生材や新規バイオ素材の導入、設計変更に伴う金型改修などに初期投資やコスト増加が発生しました。
    • 解決策: 初期投資については、長期的な視点でエネルギーコスト削減、材料費削減(将来的)、顧客からの評価向上による売上増といったリターンを試算し、投資対効果を経営層に提示することで承認を得ました。また、特定の素材転換や設計変更については、段階的に導入を進めることでリスクを分散しました。

成功要因と戦略的示唆

A社のエコデザイン戦略の成功要因は多岐にわたりますが、主要な点としては以下の点が挙げられます。

これらの事例は、他の企業、特に製品メーカーにおいて、脱炭素経営を具体化し、Scope 3削減目標を達成するための重要な示唆を与えています。エコデザインとLCAを経営戦略、研究開発、製品設計、サプライチェーン管理に統合することで、環境負荷を低減しつつ、新たな顧客価値を創造し、市場での競争優位性を確立することが可能となります。自社の製品特性やバリューチェーン構造を分析し、どこに環境負荷の大きいボトルネックがあるかを特定した上で、ターゲットを絞ったエコデザイン戦略を実行することが成功への鍵となります。

結論:製品設計からの脱炭素が未来を拓く

製品設計段階での脱炭素化は、製品メーカーにとって避けて通れない課題であり、同時に持続可能なビジネスモデルを構築するための強力な機会でもあります。エコデザインとLCAを効果的に活用することで、製品のライフサイクル全体にわたるCO2排出量を大幅に削減し、環境意識の高い市場で競争力を高めることができます。

本記事で紹介したA社の事例は、組織横断的な連携、データに基づいた意思決定、サプライヤーとの協業、そして何よりも経営層のコミットメントが、この複雑な課題を乗り越え、具体的な成果を生み出す上でいかに重要であるかを示しています。サステナビリティ担当者は、これらの成功要因を参考に、自社の製品開発プロセスにおける脱炭素化戦略をさらに深化させていくことが求められます。

環境性能に優れた製品は、単に環境負荷が低いだけでなく、多くの場合、エネルギー効率が高く、耐久性に優れ、修理やリサイクルが容易であるため、顧客にとっても経済的メリットや利便性をもたらします。製品設計からの脱炭素化は、環境目標の達成とビジネスの成長を両立させるための、まさに未来を拓くアプローチと言えるでしょう。