大手モビリティサービス提供者の脱炭素への挑戦:車両電動化とデジタル技術による排出量削減事例
はじめに
近年、企業の脱炭素経営において、自社の事業活動に伴う直接排出(Scope 1, 2)に加え、バリューチェーン全体での排出量削減(Scope 3)への対応が喫緊の課題となっています。特に、人やモノの移動に関わるモビリティ分野は、運輸部門からの排出量が全体の大きな割合を占めるため、その脱炭素化は社会全体のカーボンニュートラル実現に不可欠です。
本記事では、大手モビリティサービス提供者がどのように脱炭素戦略を策定し、車両の電動化とデジタル技術の活用を組み合わせることで、排出量削減と事業性の向上を両立させているのかを、具体的なケーススタディを通して深く掘り下げて解説します。企業のサステナビリティ推進部門の責任者・担当者の皆様が、自社の脱炭素戦略、特にScope 3排出量削減や新しいビジネスモデル構築の参考にしていただける実践的な示唆を提供します。
事例企業の取り組み内容:電動化とデジタル技術の融合戦略
ここで取り上げる事例企業(以下、事例A社)は、グローバルに展開する大手モビリティサービスプラットフォーム提供者です。同社は、サービスの提供を通じて発生するCO2排出量がその事業規模の拡大とともに増加していることを認識し、2030年までのカーボンニュートラル達成を目標に掲げました。その実現に向けた主要な戦略は、以下の2つの柱を中心に据えています。
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車両ポートフォリオの電動化:
- 新規導入車両の段階的なEV(電気自動車)への移行計画を策定し、サービス提供地域のEV普及状況や充電インフラ整備状況に応じて、具体的な目標比率を設定しました。
- 提携する車両リース会社やドライバーに対して、EV導入に対するインセンティブプログラム(例:充電費用補助、リース料割引)を提供し、EV車両への切り替えを促進しました。
- 大規模な充電ハブの整備計画を推進すると同時に、パートナー企業との連携により、既存の充電インフラネットワークへのアクセスを確保しました。
- 車両メーカーと協力し、モビリティサービスに適した航続距離や充電速度を持つEVモデルの開発・導入を支援しました。
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デジタル技術による運用最適化:
- AIを活用した高度な配車アルゴリズムを開発し、車両の空走距離を最小限に抑え、エネルギー消費効率を高める取り組みを進めました。
- リアルタイムの交通情報、気象情報、充電ステーションの稼働状況などを統合分析し、最適なルート選定や充電計画をドライバーに提供するアプリケーション機能を強化しました。
- 車両ごとの走行データ、充電データ、メンテナンスデータを収集・分析するプラットフォームを構築し、車両のエネルギー効率の継続的な改善や、効率的なメンテナンス計画策定に活用しました。
- EV車両のバッテリー状態や充電状況を遠隔監視し、効率的な充電タイミングや場所を推奨することで、車両稼働率の最大化を図りました。
- 利用者が脱炭素型のモビリティ(EV車両や相乗りサービスなど)を選択しやすいよう、アプリ上で排出量削減効果を可視化する機能を追加しました。
これらの取り組みは、単に環境負荷を低減するだけでなく、運用コストの削減やサービス品質の向上にも貢献することを目指しています。
定量的な成果
事例A社の脱炭素戦略は、具体的な数値として顕著な成果を上げています。
- CO2排出量削減: 戦略実行後3年間で、サービス提供に伴うScope 1およびScope 3排出量(車両運行由来)を合計でX%削減しました。特に、EV車両の稼働率が高い地域では、削減率がY%に達しました。具体的な削減量は年間数万トン規模に上ります。
- エネルギー効率向上: デジタル技術による運用最適化の結果、車両1台あたりの平均走行距離がZ%短縮され、全体のエネルギー消費効率が向上しました。EV車両の充電効率もデータ分析に基づき改善され、無駄な電力消費を削減しました。
- コスト削減: EV車両の導入初期コストは内燃機関車より高いものの、データに基づいた効率的な運用とメンテナンスにより、燃料費(電力費含む)とメンテナンス費を合わせて年間W%削減することができました。また、充電インフラの最適配置により、ドライバーの充電待ち時間やコストも削減されました。
- 新規収益源/競争優位性: 環境意識の高い利用者向けに「グリーンモビリティオプション」を提供した結果、サービスの利用率が向上し、新たな顧客層を獲得しました。また、企業の出張・通勤サービスとして、環境負荷の低いモビリティを求める法人顧客との契約が増加し、B2B事業における競争優位性を確立しました。
これらの成果は、脱炭素への取り組みが環境貢献だけでなく、経済的な合理性や事業成長にも繋がることを示しています。
直面した課題と解決策
脱炭素戦略の推進において、事例A社はいくつかの重要な課題に直面しましたが、それらに対して戦略的な解決策を講じました。
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高価なEV導入コストと充電インフラの不足:
- 課題: EV車両の購入費用が高いこと、およびサービス提供地域全体で十分な充電インフラが整備されていないことが、EV普及の大きな障壁となりました。
- 解決策: 車両リース会社との長期契約や、バッテリーリースモデルの導入により、初期投資負担を軽減しました。同時に、公共充電ネットワーク事業者や不動産所有者と提携し、戦略的な場所に充電ステーションを設置・確保することで、インフラの課題に対応しました。政府や自治体のEV導入補助金プログラムも積極的に活用しました。
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多様なサービス提供地域における規制・インフラの違い:
- 課題: グローバルにサービスを展開しているため、EV導入に対する規制、電力系統の状況、充電インフラの整備レベルが地域によって大きく異なり、一律の戦略適用が困難でした。
- 解決策: 地域ごとに専任のチームを設置し、現地の市場状況、規制環境、パートナーシップの機会を詳細に分析しました。その上で、地域特性に合わせたカスタマイズされたEV普及計画とインフラ整備計画を策定・実行しました。グローバルな目標は維持しつつ、ローカルな柔軟性を持たせたアプローチを取りました。
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ドライバーのEV車両への適応と受容:
- 課題: 内燃機関車に慣れたドライバーにとって、EVの航続距離管理や充電プロセスが新たな負担となり、EVへの切り替えに消極的な姿勢が見られました。
- 解決策: EV車両の試乗機会の提供、充電方法や効率的な運転方法に関する研修プログラムを開発・提供しました。EV利用による経済的メリット(燃料費削減、メンテナンス費削減)や、環境貢献への貢献度を明確に伝え、ドライバーのエンゲージメントを高める施策を実施しました。
成功要因と戦略的示唆
事例A社の脱炭素戦略の成功は、以下の要因によって支えられています。
- トップダウンでの明確な目標設定: 経営層が脱炭素を事業の最重要課題の一つと位置づけ、野心的なカーボンニュートラル目標を掲げたことが、全社的な取り組みを加速させました。
- データに基づいた意思決定: 車両データ、運行データ、充電データ、市場データなどを統合的に収集・分析するプラットフォームを構築し、戦略策定、計画実行、効果測定の全てをデータに基づいて行うことで、効率的かつ効果的な施策展開を実現しました。
- 技術(AI)への継続的な投資: 高度な配車・ルート最適化アルゴリズムや、効率的な充電管理システムといったデジタル技術への投資が、運用効率の向上と排出量削減の両立を可能にしました。
- エコシステム構築への注力: 車両メーカー、充電インフラ事業者、リース会社、自治体など、多様なステークホルダーとのパートナーシップを積極的に構築し、自社単独では解決困難な課題(インフラ不足など)を克服しました。
- 事業性との両立追求: 環境目標だけでなく、コスト削減、サービス品質向上、新規顧客獲得といった事業的なメリットも同時に追求することで、脱炭素を持続可能なビジネスモデルの一部として組み込みました。
他の企業、特にサステナビリティ担当者の方々への戦略的示唆として、以下の点が挙げられます。
- 自社の事業特性(例:モビリティ、物流、製造プロセス、オフィス運用など)における主要な排出源を特定し、最も効果的な脱炭素アプローチ(例:電動化、燃料転換、効率化、素材転換など)を特定することの重要性。
- デジタル技術(AI、データ分析、IoTなど)は、脱炭素の推進において単なる支援ツールではなく、効率化や新しいビジネスモデル創出のための核となり得ること。
- 自社だけで全ての課題を解決しようとせず、バリューチェーン上のパートナーや外部の専門機関、さらには行政との連携を通じて、課題解決や新しい価値創出を目指す「エコシステム型アプローチ」の有効性。
- 脱炭素目標を環境部門任せにせず、事業戦略や経営目標と統合し、経済的な合理性も同時に追求することで、社内外からの賛同と協力を得やすくなること。
結論
本記事で紹介した大手モビリティサービス提供者の事例は、車両の電動化とデジタル技術の活用を戦略的に組み合わせることで、大規模なCO2排出量削減を実現するとともに、運用コストの削減や競争優位性の強化といった事業的な成果も達成できることを明確に示しています。
脱炭素経営は、もはや環境問題への対応というだけでなく、企業のレジリエンス強化、コスト競争力向上、新たな市場機会の創出といった、企業価値を高めるための重要な経営戦略となっています。特に、Scope 3排出量が多くを占める企業においては、バリューチェーン全体を巻き込んだ革新的なアプローチが不可欠です。
事例A社のように、技術革新とビジネスモデル変革を組み合わせることで、脱炭素化は単なるコスト要因ではなく、持続可能な成長のための推進力となり得ます。本事例が、読者の皆様の企業における脱炭素戦略の具体化や推進の一助となれば幸いです。