鉱業分野の脱炭素挑戦:大手国際資源企業に学ぶScope 1, 2, 3削減と新技術導入事例
鉱業における脱炭素化の重要性と課題
鉱業は、現代社会が必要とする多くの資源を供給する基幹産業です。一方で、その採掘、選鉱、精錬といったプロセスは、エネルギー消費量が非常に多く、特にディーゼル燃料の使用や電力消費に起因する温室効果ガス(GHG)排出量が大きい産業でもあります。さらに、広範なサプライチェーンにおける排出量(Scope 3)も無視できません。
地球温暖化対策が世界的に加速する中、鉱業分野においても脱炭素化は避けて通れない経営課題となっています。脱炭素の推進は、環境負荷低減だけでなく、エネルギーコスト削減、事業継続性の確保、投資家からの評価向上、新たな競争力獲得といった観点からも重要視されています。しかし、鉱山は多くが遠隔地に位置し、過酷な環境下での作業が求められること、巨大な重機や設備の電動化・燃料転換が技術的・経済的に困難であることなど、脱炭素への道のりには多くの課題が存在します。
本稿では、このような厳しい環境下で脱炭素化に取り組む大手国際資源企業の事例を通じ、その具体的なアプローチ、定量的な成果、直面した課題と解決策、そして成功要因と戦略的示唆について深く掘り下げていきます。
事例に見る具体的な取り組み内容
大手国際資源企業が鉱業分野の脱炭素化を推進するために実施している主な取り組みは多岐にわたりますが、特に以下の点が共通して見られます。
1. 現場車両・設備の電動化
鉱山現場では、掘削機、ダンプトラック、ローダーなど、大量のディーゼル燃料を使用する大型車両・設備が稼働しています。これらの電動化は、Scope 1排出量削減において極めて重要な施策です。
- バッテリー式電気自動車(BEV)の導入: 特に坑内掘り鉱山や比較的小規模な露天掘り鉱山において、電動ダンプトラックやローダーの導入が進んでいます。これにより、現場での直接排出ガスがゼロになるだけでなく、騒音や振動も低減され、作業環境の改善にも寄与しています。
- トロリーアシストシステムの活用: 大容量バッテリーが不要な露天掘り鉱山向けに、トロリー線から給電を受けながら走行するハイブリッド型ダンプトラックの導入が進んでいます。急勾配での登坂時にトロリー線を使用することで、バッテリー容量を抑えつつ、ディーゼル消費量を大幅に削減します。
- 電動ショベル・掘削機の導入: 電力グリッドに直接接続される大型電動ショベルは以前からありましたが、バッテリー技術の進展により、より柔軟な稼働が可能な電動掘削機の導入も検討・実施されています。
2. 再生可能エネルギーの導入と活用
鉱山はエネルギー消費量が大きいため、使用電力の脱炭素化はScope 2排出量削減に直結します。
- オンサイト発電: 広大な鉱山敷地や近隣の遊休地を活用し、太陽光発電所や風力発電所を建設する事例が増えています。これにより、安定した低炭素電力を確保し、送電網からの電力依存度を下げることが可能になります。
- オフサイトPPA(電力購入契約): 既存の再生可能エネルギー発電所から長期契約で電力を購入し、鉱山サイトで使用する電力の一部または全部をグリーン電力に切り替えています。これにより、初期投資を抑えつつ再エネ導入を加速できます。
- マイクログリッド構築: オンサイト再エネと蓄電池、従来型発電設備(ディーゼルなど)を組み合わせたマイクログリッドを構築し、電力供給の安定化と再エネ比率の最大化を図っています。特に送電網への接続が困難な遠隔地の鉱山で有効です。
3. プロセス改善とエネルギー効率向上
鉱石の粉砕、選鉱、精錬といった基幹プロセスにおけるエネルギー消費の最適化は、継続的な取り組みです。
- 先進制御システム導入: AIや機械学習を活用したプロセス制御システムを導入し、粉砕機のエネルギー効率を最大化したり、選鉱プロセスの薬品使用量を最適化したりしています。
- 高効率設備への更新: 旧式のポンプ、ファン、モーターなどを最新の高効率モデルに順次更新することで、積算的なエネルギー消費量削減を実現しています。
- 廃熱回収・再利用: 精錬プロセスなどで発生する大量の廃熱を回収し、乾燥プロセスや暖房などに利用することで、エネルギーの無駄を削減しています。
4. サプライヤー連携によるScope 3削減
鉱業におけるScope 3排出量のうち、特に大きな割合を占めるのは、購買した物品・サービス、輸送・物流、資本財、製品の使用・EOL処理などです。これらの削減には、サプライヤーとの緊密な連携が不可欠です。
- サプライヤーへのGHG排出量開示要求: 主要サプライヤーに対し、自社のGHG排出量(Scope 1, 2)の算定・開示を求め、削減目標設定を促しています。
- 低炭素な資材・サービス調達: 低炭素セメント、グリーン鋼材、バイオ燃料など、環境負荷の低い資材やサービスを優先的に調達する方針を導入しています。
- 共同での脱炭素技術開発・実証: サプライヤーや技術パートナーと連携し、電動化、水素利用、バイオ燃料利用など、次世代の低炭素技術の共同開発や実証実験を進めています。
定量的な成果の一例
これらの取り組みにより、多くの大手国際資源企業では具体的な脱炭素成果を上げています。
- Scope 1, 2排出量削減: 一部の先進的な鉱山サイトでは、電力の再エネ化と車両の電動化により、サイト全体のScope 1, 2排出量をピーク時から30%〜50%削減したという報告があります。企業グループ全体では、年間数百万トンに及ぶCO2e排出量削減目標を設定し、着実に削減を進めています。
- エネルギーコスト削減: 再エネからの電力調達は、長期的な視点で見ると燃料価格変動リスクを低減し、安定した低コスト電力供給に繋がる場合があります。高効率設備の導入やプロセス改善は、直接的なエネルギーコスト削減に貢献しており、数年で投資額を回収できるケースも見られます。
- 新たな収益源/競争優位性: 脱炭素技術開発への投資は、将来的な新ビジネス(例:グリーン水素製造・供給、脱炭素ソリューション提供)に繋がる可能性を秘めています。また、低炭素な製品(例:低炭素アルミニウム、低炭素銅)は市場での競争優位性となり、プレミアム価格での販売機会が生まれることもあります。
- 鉱山寿命を通じたLCA改善: 鉱山開発の初期段階から脱炭素を考慮することで、鉱山全体のライフサイクルにおける環境負荷を低減し、ステークホルダーからの評価向上に繋がります。
直面した課題と解決策
鉱業における脱炭素化は容易ではなく、多くの課題に直面しています。
- 課題1: 大型重機の電動化とインフラ: 重量数百トンにも及ぶダンプトラックや掘削機をバッテリーのみで長時間稼働させるには、バッテリー容量と充電インフラの課題が大きい。また、既存設備の入替には巨額の投資が必要。
- 解決策: 全電動化が難しい場合はトロリーアシストシステムや水素燃料電池との組み合わせなど、ハイブリッド技術を活用。段階的な設備更新計画を策定し、サプライヤーと協力して技術開発・実証を進める。充電ステーションや電力供給網の整備を早期から計画・実行する。
- 課題2: 遠隔地・過酷な環境下での再エネ導入: 多くの鉱山は送電網から離れた遠隔地にあり、厳しい気候条件(高温、低温、砂塵)下での太陽光・風力発電設備の設置・メンテナンスが困難。
- 解決策: 現地の気候条件に適した設備を選定し、堅牢な設計や定期的なメンテナンスプログラムを導入。蓄電池システムを併設し、再エネ出力の変動を補完。地域社会や政府機関と連携し、送電網整備や規制緩和を働きかける。
- 課題3: サプライヤーの対応能力のバラつき: 特にグローバルなサプライチェーンにおいて、中小規模のサプライヤーがGHG排出量算定や削減目標設定に対応できないケースがある。
- 解決策: サプライヤー向けの研修プログラムやツールを提供し、キャパシティビルディングを支援。データ共有プラットフォームを構築し、情報の収集・分析を効率化。脱炭素目標達成に向けた共同イニシアティブやパートナーシップを形成する。
- 課題4: 新技術の経済性とリスク: 水素利用やCCUSなどの新技術は開発・実証段階にあり、導入コストが高く、技術的な不確実性も伴う。
- 解決策: パイロットプラントでの実証研究を積極的に実施し、技術的な実現可能性と経済性を評価。政府の補助金制度やグリーンファイナンスを活用し、資金調達を多様化。複数の技術オプションを並行して検討し、リスクを分散する。
成功要因と戦略的示唆
これらの事例から抽出できる成功要因と、他の企業が戦略立案や推進において参考にできる示唆は以下の通りです。
- 経営層の強力なリーダーシップと長期コミットメント: 脱炭素化は短期間で達成できるものではなく、巨額の投資と事業構造の変革を伴います。経営トップが明確なビジョンを示し、長期的な目標設定と継続的な資源投入をコミットすることが最も重要です。
- 包括的なバリューチェーン戦略: Scope 1, 2だけでなく、サプライチェーン全体(Scope 3)を含む包括的な排出量削減戦略を策定することが不可欠です。自社だけでなく、サプライヤーや顧客との連携なしには、真の脱炭素化は実現しません。
- 技術革新への積極的な投資とパートナーシップ: 鉱業特有の課題解決には、既存技術の改良だけでなく、新しい技術の開発・導入が不可欠です。大学、研究機関、技術ベンダー、他の鉱業企業などとのオープンイノベーションや共同開発を通じて、技術的なブレークスルーを目指す姿勢が重要です。
- データに基づいた意思決定と進捗管理: GHG排出量の算定、エネルギー消費量のモニタリング、脱炭素プロジェクトのROI評価などを正確に行い、データに基づいた意思決定を行うことが不可欠です。進捗状況を定期的に評価し、必要に応じて戦略を調整する柔軟性も求められます。
- ステークホルダーとのエンゲージメント: 従業員、地域社会、政府機関、投資家、顧客など、多様なステークホルダーとの対話を通じて、脱炭素戦略への理解と支持を得ることが、円滑なプロジェクト推進や資金調達に繋がります。特に地域社会との連携は、再エネ導入や新規設備の建設において重要です。
結論
鉱業分野の脱炭素化は、技術的、経済的、環境的な様々な困難を伴う挑戦です。しかし、本稿で見てきた大手国際資源企業の事例は、経営層の強力なコミットメント、包括的な戦略、技術革新への投資、そしてバリューチェーン全体にわたる連携によって、この困難な課題に立ち向かい、具体的な成果を上げられることを示しています。
これらの事例から得られる知見は、エネルギー多消費産業や、複雑なグローバルサプライチェーンを持つ企業にとって、自社の脱炭素戦略を策定・実行する上で貴重な示唆を与えてくれるでしょう。脱炭素化は単なるコスト要因ではなく、新たな技術開発、サプライヤーとの協業強化、そして長期的な企業価値向上に繋がる戦略的な取り組みとして位置づけることが、今後の企業経営においてますます重要になります。