素材メーカーの脱炭素ビジネス:高機能素材(CFRP)で実現する顧客のScope 3削減事例
はじめに:素材を通じたバリューチェーン全体の脱炭素貢献
企業が脱炭素経営を推進する上で、自社の直接的な排出量(Scope 1, 2)の削減に加え、サプライチェーン全体での排出量、特にScope 3の削減が喫緊の課題となっています。Scope 3の中でも、顧客による製品の使用段階や廃棄段階での排出量は、製品を提供する側の企業にとって重要な削減ポテンシャルとなります。
特に素材産業においては、顧客が自社の製品を最終製品に組み込むことで、その最終製品の性能向上やライフサイクル全体での環境負荷低減に貢献することが可能です。本稿では、高機能素材である炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を例に、素材メーカーがどのように製品を通じて顧客産業の脱炭素化に貢献し、新たなビジネス機会を創出しているか、その具体的な取り組み、成果、課題、そして成功要因について分析します。
炭素繊維(CFRP)による脱炭素貢献のメカニズム
炭素繊維は、鉄鋼やアルミニウムなどの金属材料と比較して、圧倒的に軽量でありながら高い強度と剛性を持ちます。この特性を活かして、航空機、自動車、風力発電ブレード、圧力容器など、様々な分野で金属材料の代替として採用が進んでいます。
炭素繊維を樹脂と複合したCFRPは、構造部材として使用されることで製品全体の軽量化を可能にします。この軽量化が、特に輸送機器においては燃料消費量の削減や、電動化における電費の向上に直結し、製品の使用段階におけるCO2排出量を大幅に削減することに貢献します。これは、素材メーカーにとっては顧客のScope 3カテゴリ11(販売した製品の使用)の排出量削減に貢献することを意味します。
具体的な取り組み内容:高機能素材によるソリューション提供
大手素材メーカーは、単に炭素繊維を製造・販売するだけでなく、顧客産業の脱炭素ニーズに応えるために以下のような多角的な取り組みを進めています。
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高性能な炭素繊維および中間基材の開発: 輸送機器のさらなる軽量化や構造体としての安全性を満たすため、より高強度・高弾性の炭素繊維や、成形加工に適した中間基材(プリプレグ、熱可塑性コンポジット等)の開発に継続的に投資しています。これにより、顧客の設計自由度を高め、CFRPの適用範囲を拡大しています。
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顧客との共同開発・技術サポート: CFRPは金属材料とは異なる設計・加工技術が必要です。素材メーカーは、顧客企業の設計部門や製造部門と密接に連携し、最適な材料選定、構造設計支援、成形加工技術の開発サポートを行っています。これにより、顧客はスムーズにCFRPを製品に導入し、その軽量化効果を最大限に引き出すことが可能となります。
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CFRP成形・加工技術の高度化: 特に自動車産業などでの量産適用には、短時間での成形が可能な技術が不可欠です。RTM(Resin Transfer Molding)やプレス成形など、高速・大量生産に適したCFRP成形技術の開発や、顧客への技術供与を進めています。
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製品ライフサイクル全体での環境評価(LCA): 素材製造から加工、使用、廃棄・リサイクルに至る製品ライフサイクル全体でのCO2排出量を定量的に評価(LCA)し、その結果を顧客に提供しています。これにより、顧客はCFRP採用による環境負荷低減効果を正確に把握し、自社の排出量削減目標達成に活用できます。素材製造における排出量(Scope 1, 2)はCFRPのLCAに含まれるため、素材メーカー自身の脱炭素努力も顧客への価値提供につながります。
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リサイクル技術の開発とエコシステム構築: CFRPの普及拡大には、使用済み製品からの効率的なリサイクル技術の確立が喫緊の課題です。大手素材メーカーは、熱分解法や化学分解法などのリサイクル技術開発に投資するとともに、リサイクラーやエンドユーザーと連携した回収・再生システムのエコシステム構築にも積極的に関与しています。これにより、製品の廃棄段階における環境負荷低減と、資源の有効活用を目指しています。
定量的な成果事例
これらの取り組みは、具体的な定量的な成果に結びついています。
- 航空機分野: 最新の大型航空機では、機体重量の約50%にCFRPが使用されており、これにより燃料効率が約15-20%向上し、飛行中のCO2排出量が同程度削減されています。これは、航空会社や乗客にとって直接的なメリットとなるだけでなく、航空機メーカーのScope 3排出量削減に大きく貢献しています。
- 自動車分野: 一部の電気自動車(EV)において、CFRPをバッテリーケースや車体構造に採用することで、車両重量を数十kgから数百kg軽量化しています。これにより、電費が向上し、航続距離の延長やバッテリー小型化によるCO2排出量削減に貢献しています。ある事例では、特定部品のCFRP化により、車両ライフサイクル全体でのCO2排出量が鋼材使用時と比較して10%以上削減されるとの試算が出ています(素材製造時の排出を含む)。
- 風力発電ブレード: 大型化が進む風力発電ブレードにおいて、CFRPの採用は軽量化と高強度化を両立させ、より長いブレードの実現に不可欠となっています。ブレードの大型化は発電効率の向上につながり、発電段階でのCO2排出量ゼロに貢献する再生可能エネルギーの普及を加速させています。
素材メーカー自身の取り組みとしても、例えば製造プロセスのエネルギー効率改善により、炭素繊維1kgあたりの製造時CO2排出量を過去10年間で数割削減した事例も報告されています。また、高機能素材事業は、顧客の脱炭素ニーズの高まりを背景に安定した成長が見込まれており、新たな収益の柱として確立されつつあります。
直面した課題と解決策
高機能素材を通じた脱炭素貢献の道は平坦ではありませんでした。いくつかの主要な課題と、それに対する解決策は以下の通りです。
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課題:高コスト: 炭素繊維は製造プロセスが複雑でエネルギー集約的であり、鋼材などに比べて価格が大幅に高いことが普及の最大の障壁でした。 解決策:
- 製造プロセスの革新による効率化とスケールアップ(大規模化)を進め、製造コストを削減しました。
- 顧客と共にLCA評価を行い、製品ライフサイクル全体でのコスト(燃費削減効果等を含むトータルコスト)と環境メリットを示すことで、単なる初期コスト比較ではない価値提案を行いました。
- 自動化技術を導入し、CFRP成形加工のコスト削減にも貢献しました。
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課題:加工技術の難しさと量産性: CFRPは金属とは異なる加工特性を持ち、特に複雑な形状の部品を高速・大量に製造する技術の確立が困難でした。 解決策:
- 顧客や研究機関との共同開発により、RTM、熱可塑性CFRP成形など、量産性の高い成形技術を開発しました。
- 自動裁断、自動積層、ロボットによる成形などの自動化技術を導入し、生産効率を高め、品質の安定化を図りました。
- 成形加工に関する技術サポートチームを拡充し、顧客への技術移転を積極的に行いました。
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課題:リサイクルシステムの未整備: CFRPは複数の素材の複合材であり、効果的かつ経済的なリサイクル技術や、使用済み製品の回収・選別の仕組みが十分に確立されていませんでした。 解決策:
- 化学分解や熱分解などのリサイクル基盤技術の研究開発に継続的に投資しました。
- 業界団体やコンソーシアムに積極的に参加し、共通の技術標準や回収・リサイクルスキームの構築を主導しました。
- リサイクルCFRPを用いた製品開発や用途開拓を進め、リサイクル材の需要創出にも取り組みました。
成功要因と戦略的示唆
これらの事例から抽出される成功要因と、他の企業、特にターゲット読者であるサステナビリティ担当者への戦略的示唆は以下の通りです。
- 成功要因:技術力と顧客密着の融合: 高い技術力(素材開発、加工技術)と、顧客のニーズや課題を深く理解し、共に解決策を開発する顧客密着のアプローチが成功の鍵となりました。単なる製品供給者ではなく、ソリューションプロバイダーとしての役割を担うことが重要です。
- 成功要因:LCA思考と環境価値の定量化: 製品が顧客の環境負荷低減にどの程度貢献できるかをLCAを用いて定量的に示し、その環境価値を明確に訴求できたことが、高コストな素材の採用を後押ししました。
- 成功要因:バリューチェーン全体への視野: 自社の製造プロセスだけでなく、顧客による製品の使用段階、さらにはリサイクル段階まで視野に入れ、バリューチェーン全体での脱炭素に貢献する戦略が奏功しています。リサイクルシステム構築への関与は、将来的なサーキュラーエコノミーを見据えた重要な取り組みです。
他の企業への戦略的示唆:
- 自社製品・サービスのScope 3貢献ポテンシャルを特定する: 自社の製品やサービスが、顧客のどのScope 3排出量削減に貢献できるかを深く分析することが出発点となります。特に製品の使用段階や廃棄段階での貢献ポテンシャルは、新たなビジネス機会につながりやすい領域です。
- 「環境価値」を定量化し、顧客への提供価値とする: 製品の環境優位性をLCA等の手法を用いて定量的に評価し、その結果を顧客への説得力のある提案材料として活用することが重要です。環境負荷低減を単なるコストではなく、顧客の脱炭素経営達成に不可欠な「価値」として位置づけます。
- 顧客との共創によるソリューション開発: 顧客の脱炭素に関する具体的な課題を共有し、自社の技術や知見を活かして共同で解決策を開発する体制を構築します。これにより、顧客は最適なソリューションを得られ、提供側は新たなビジネス機会と深い顧客関係を構築できます。
- サーキュラーエコノミーへの対応を戦略に組み込む: 製品のリサイクル性向上や、使用済み製品の回収・再生スキームへの関与は、将来的な規制強化や市場ニーズを見据えた必須の戦略要素となります。リサイクル材の活用は、自社のScope 3排出量削減にも貢献します。
結論:素材革新が牽引する産業界の脱炭素化
高機能素材である炭素繊維の事例は、素材メーカーが自社の技術力を活かして、顧客産業の脱炭素化に大きく貢献し、同時に新たな事業機会を創出できることを示しています。単なる素材供給に留まらず、顧客との連携、LCAに基づく環境価値の定量化、そしてバリューチェーン全体を見据えた戦略が成功の鍵となります。
今後、脱炭素化の要求は様々な産業でさらに高まることが予想されます。素材メーカーにとって、自社の製品・サービスが顧客や社会全体のScope 3排出量削減にどのように貢献できるかを深く掘り下げ、それを核とした事業戦略を構築することが、持続的な成長に向けた重要な方向性となるでしょう。他の産業の企業においても、自社の製品・サービスがどのようにバリューチェーン全体の脱炭素に貢献できるかという視点を持つことは、GX戦略を具体化する上で極めて有効なアプローチと考えられます。