大手家具メーカーの製品ライフサイクル脱炭素戦略:循環型ビジネスモデルでCO2削減と事業性両立を実現
家具産業の脱炭素課題と製品ライフサイクルの重要性
家具産業は、素材の調達、製造、輸送、使用、そして廃棄に至るまで、製品ライフサイクルの各段階で温室効果ガス(GHG)を排出しています。特に、木材、金属、プラスチックなどの原材料調達や、製品の輸送、そして大量の廃棄物発生に伴う排出量が無視できません。こうした背景から、家具メーカーには製品ライフサイクル全体でのGHG排出量削減、すなわち脱炭素化が強く求められています。
近年、国内外の大手家具メーカーは、単なる省エネや再生可能エネルギー導入に留まらず、ビジネスモデルそのものを変革することで脱炭素を目指す動きを加速させています。中でも注目されているのが、製品の長寿命化、再利用、修理、リサイクルを促進する「循環型ビジネスモデル」への転換です。これは、従来の「製造・販売・廃棄」という一方通行(リニア)型のモデルから脱却し、資源利用を抑制し、製品の価値を最大限に長く維持することで、結果的に原材料生産や廃棄に伴うGHG排出量を大幅に削減することを可能にします。
本稿では、こうした先進的な取り組みを展開する大手家具メーカーの事例を深掘りし、製品ライフサイクル全体での脱炭素戦略と循環型ビジネスモデルへの転換プロセス、そしてそこから得られる戦略的示唆について詳述します。
循環型ビジネスモデルを通じた具体的な取り組み内容
この大手家具メーカー(以下、事例企業)は、製品ライフサイクル全体でのGHG排出量削減を目指し、以下の多角的なアプローチを推進しています。
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製品設計における循環性の組み込み:
- 長寿命化設計: 堅牢で耐久性の高い素材の選定、時代に左右されないデザインの採用により、製品寿命を意図的に長く設計しています。これにより、買い替え頻度を減らし、製造・廃棄に伴う排出を抑制します。
- モジュール設計と分解容易性: 製品を分解しやすいモジュール構造にすることで、部品交換による修理を容易にし、また素材ごとの分別・リサイクルを効率化しています。
- 再生材・低炭素素材の活用: 製品の重要な構成要素に、ポストコンシューマー再生プラスチック、リサイクル金属、FSC認証林で生産された木材など、環境負荷の低い素材や再生材の使用率を高めています。例えば、特定の製品ラインではプラスチック部品の50%以上を再生材に切り替えています。
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製造・物流プロセスの最適化:
- 製造工場での再生可能エネルギー電力への切り替え(PPA契約やオンサイト発電)。
- エネルギー効率の高い製造設備の導入。
- 輸送ルートの最適化、積載率向上、低排出ガス車の導入。
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新たな循環型サービスモデルの構築:
- 製品レンタル・サブスクリプションサービス: 製品を販売するだけでなく、短期または長期のレンタル、サブスクリプションサービスを提供。これにより、顧客は必要な期間だけ製品を利用し、不要になれば企業が回収・メンテナンスして別の顧客に提供します。
- 中古品買い取り・再販サービス: 顧客が不要になった自社製品を買い取り、清掃・修理・メンテナンスを行った上で「認定中古品」として再販するプラットフォームを構築。
- 製品回収・リサイクルスキーム: 使用済み製品の引き取りサービスを提供し、回収した製品を部品として再利用したり、適切に素材ごとに分別してリサイクルしたりする仕組みを確立。専門のリサイクルパートナーと連携しています。
- 修理サービスの強化: 製品保証期間後も利用可能な修理サービスを提供し、顧客が製品を長く使い続けられるようにサポート。修理マニュアルのオンライン公開なども行っています。
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顧客エンゲージメント:
- 製品の正しい手入れ方法や簡単な修理方法に関する情報提供。
- 循環型サービス(レンタル、中古販売、回収)のメリット(コスト、環境負荷低減)に関する啓発活動。
- 製品寿命を延ばし、リサイクルに参加することの環境貢献度を可視化する取り組み。
定量的な成果
これらの取り組みにより、事例企業は以下のような定量的な成果を上げています。
- GHG排出量削減: 製品ライフサイクル全体(Scope 1, 2, 3を含む)におけるGHG排出量は、特定製品カテゴリーにおいて、従来の直線型ビジネスモデルと比較して平均25%の削減を達成しました。特に、素材調達および廃棄段階での排出量削減効果が顕著です。
- 廃棄物削減・リサイクル率向上: 自社製品の回収量は前年比で30%増加し、回収された製品のうち80%以上が再利用(レンタル、中古販売)またはリサイクルに回されています。これにより、埋立・焼却処分される製品量が大幅に削減されました。
- 新たな収益源の創出: レンタル・サブスクリプションサービスおよび中古品販売は、サービス開始から3年で年間売上高の5%を占めるまでに成長し、新たな事業の柱となりつつあります。これは、単なるコストセンターではなく、脱炭素が事業機会に繋がることを示しています。
- コスト削減: 廃棄物処理費用の削減や、再生材利用による一部原材料コストの抑制が見られます。また、製品の耐久性向上は、保証期間中の修理・交換コスト削減にも寄与しています。
直面した課題と解決策
循環型ビジネスモデルへの転換は容易ではなく、事例企業も様々な課題に直面しました。
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既存ビジネスモデルとの摩擦:
- 課題: 製品を長く使われることや、中古品が流通することは、新品販売を主とする従来の営業・マーケティング戦略や、販売ノルマを持つ営業担当者のモチベーションと衝突する可能性がありました。また、製品回収・修理・再販・リサイクルは新たな組織機能とコストを伴います。
- 解決策: 経営層が明確なビジョンを示し、循環型ビジネスを全社戦略の中核に位置づけました。営業評価指標に新品販売だけでなく、レンタル契約数や中古品取扱量を組み込むなど、インセンティブ構造を見直しました。また、新設された「サーキュラービジネス部門」が各部署と連携を密にし、部門横断的なプロジェクトチームを組成しました。
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回収・修理・再販・リサイクルインフラの構築:
- 課題: 広範な地域から使用済み製品を効率的に回収し、品質基準を満たす修理・メンテナンスを行い、それを再販またはリサイクルする物流・オペレーション体制は、従来の「出荷」に特化した物流網とは全く異なります。特に、製品の状態評価や価値付け、追跡管理が複雑でした。
- 解決策: 既存の物流網を改修し、回収ルートを新たに設計しました。専門の外部物流・リサイクルパートナーと密に連携し、彼らの専門知識とネットワークを活用。製品管理にはRFIDタグやデータベースシステムを導入し、製品個体の状態や履歴を追跡できるようにしました。修理・メンテナンスセンターを地域ごとに設立し、標準化されたプロセスを導入しました。
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顧客への新しいサービスモデルの浸透:
- 課題: 顧客は家具を購入して「所有する」ことに慣れており、レンタルや中古品購入、製品引き取りなどの新しいサービスモデルを理解し、利用を促す必要がありました。
- 解決策: オフライン・オンライン双方で、新しいサービスのメリット(手軽さ、コスト削減、環境貢献)を分かりやすく訴求するマーケティングキャンペーンを展開。特に若年層や環境意識の高い層に響くようなメッセージングを工夫しました。店頭やオンラインストアでのサービス紹介を強化し、顧客が気軽に試せるようなレンタル期間設定や、中古品に対する保証制度を設けました。
成功要因と戦略的示唆
事例企業の循環型ビジネスを通じた脱炭素戦略の成功要因は複数あります。
まず、経営層の強力なリーダーシップと、脱炭素・循環経済を単なるコストではなく、新たな事業機会と捉えた戦略的な意思決定が挙げられます。また、製品設計段階から循環性を組み込んだことは、後工程での回収・再利用・リサイクルを容易にし、取り組み全体の効率を高める上で非常に重要でした。
さらに、部門間の壁を越えた連携体制の構築や、外部の専門パートナー(物流、リサイクル業者、IT企業など)との協業が、複雑な循環型オペレーションを実現する上で不可欠でした。そして、顧客のニーズ変化(所有から利用へ)を捉え、利便性の高いサービスとして提供したことが、新しいビジネスモデルの早期立ち上げと普及に繋がりました。データに基づいた製品ライフサイクル排出量の可視化と、それに基づく優先順位付けも、効果的な戦略策定に寄与しました。
他の企業(特にターゲット読者の皆様)がこの事例から得られる戦略的示唆は以下の通りです。
- 自社製品・サービスのライフサイクル全体を見直し、GHG排出量の大きな削減ポテンシャルがどこにあるかを特定する: スコープ3排出量の把握と削減は避けて通れません。サプライヤーだけでなく、顧客の使用段階や廃棄段階にも目を向ける必要があります。
- 脱炭素を既存事業の延長ではなく、ビジネスモデル変革の機会と捉える: 循環型ビジネスのように、製品やサービスの提供方法そのものを見直すことで、環境負荷低減と同時に新たな収益源や顧客接点を生み出すことが可能です。
- バリューチェーン全体での連携を強化する: 自社内だけでなく、サプライヤー、物流業者、リサイクル事業者、そして顧客といったステークホルダーとの協業が、脱炭素および循環経済の実現には不可欠です。
- 部門横断的な推進体制を構築し、社内の意識とインセンティブを合わせる: サステナビリティ推進部門だけでなく、製品開発、製造、物流、営業、マーケティング、財務など、関係部署を巻き込む必要があります。
- デジタル技術を活用し、製品や素材のトレーサビリティを確保する: 循環型ビジネスでは、個々の製品の状態や所在、素材情報を追跡管理することが重要になります。
結論
大手家具メーカーの事例は、製品ライフサイクル全体での脱炭素を目指す上で、循環型ビジネスモデルへの転換が非常に有効なアプローチであることを示しています。単なる環境対策に留まらず、製品設計の見直し、新たなサービス提供、顧客との関係性強化を通じて、CO2排出量削減という環境目標と、新たな収益機会創出という事業目標を両立できる可能性を秘めています。
もちろん、既存ビジネスとの摩擦、インフラ構築の難しさ、顧客への浸透といった課題はありますが、経営層の強いコミットメント、部門横断的な取り組み、外部連携、そして段階的なアプローチと顧客視点を持つことで、これらの課題は克服可能です。
脱炭素経営を推進される企業の皆様にとって、この事例が、自社の製品やサービスのライフサイクルを見直し、革新的なビジネスモデルを検討する上での一助となれば幸いです。循環型経済への移行は、将来の競争優位性を確立するための重要な戦略の一つと言えるでしょう。