【ケーススタディ】ラストワンマイル配送脱炭素:電動化、ルート最適化、マイクロハブ活用による排出量削減事例
ラストワンマイル配送の脱炭素化戦略:先進事例に学ぶ排出量削減と事業性両立の要諦
企業の脱炭素経営において、サプライチェーン排出量、特にScope 3の削減は避けて通れない課題です。中でも、最終消費者に製品やサービスを届ける「ラストワンマイル配送」は、車両燃料由来のCO2排出が大きく、都市部での走行が多いため環境負荷も高い領域と認識されています。同時に、EC市場の拡大に伴い配送量が増加しており、この領域の脱炭素化は喫緊の課題となっています。
本稿では、先進的な取り組みを進めるある企業のラストワンマイル配送脱炭素化の事例を詳細に分析し、具体的な手法、得られた成果、直面した課題と解決策、そして他の企業が自社の脱炭素戦略に応用するための戦略的示唆を提供します。
事例概要:多角的なアプローチによるラストワンマイル配送の変革
本事例の企業は、日用品のEC販売を手掛けており、自社および外部パートナーの両方で配送ネットワークを構築しています。同社は、配送部門が排出するCO2がScope 1(自社車両)およびScope 3(外部委託先車両)において相当な割合を占めていることを把握し、2030年までのラストワンマイル配送におけるCO2排出量50%削減(2020年比)という目標を設定しました。この目標達成に向け、以下の多角的な施策を同時に推進しました。
1. 配送車両の電動化
内燃機関(ICE)車両からの転換を加速するため、自社配送網においては、小型商用EVバンや電動アシスト自転車、一部エリアでの配送用ドローンといった多様な電動モビリティを段階的に導入しました。特に、都市部や住宅街では、騒音や排ガスが少ない電動アシスト自転車やEVバンを優先的に配備しました。 外部パートナーに対しては、EV車両導入時の初期費用補助プログラムを提供し、パートナー企業の電動化を支援しました。また、共同で大規模な充電ステーションを物流拠点に設置し、充電インフラの課題解消に取り組みました。使用電力は、トラッキング付きの再生可能エネルギー由来の電力を調達する契約を結んでいます。
2. 配送ルートの最適化と効率化
高度なAIを活用した配送ルート最適化システムを導入しました。これにより、複数の配送先への最短かつ最も効率的なルートをリアルタイムで計算し、走行距離の削減と時間短縮を実現しました。また、交通情報や天候データを統合的に分析することで、突発的な遅延要因を予測し、ルートの再最適化を行う仕組みを構築しました。 加えて、配送車両の積載率向上を目指し、荷物の積み込み順序最適化や、複数顧客への同時配送(ミルクラン方式)を積極的に導入しました。
3. マイクロハブ/都市型配送拠点の活用
都市中心部や人口密集地に複数の小型配送拠点(マイクロハブ)を設置しました。幹線輸送でハブ倉庫まで運ばれた商品を、マイクロハブに小分けして配送し、そこから小型EVや電動自転車でのラストワンマイル配送を行う体制を構築しました。これにより、大型トラックによる都市部への乗り入れを削減し、ラストワンマイル区間での効率的な配送を実現しました。一部のマイクロハブでは、地域の小売店や他のEC事業者との共同利用・共同配送の実証実験も行っています。
4. パッケージの軽量化・削減
商品の簡易包装を推奨し、過剰な緩衝材の使用を削減しました。また、再利用可能な梱包材の導入や、パッケージ素材のバイオプラスチックへの転換なども段階的に進め、配送時の積載効率向上と包装材製造・廃棄時の環境負荷低減を図りました。
定量的な成果:CO2大幅削減と副次的効果
これらの取り組みの結果、同社は目標設定から3年で、ラストワンマイル配送におけるCO2排出量を約35%削減することに成功しました。
- CO2排出量削減: 電動車両導入とルート最適化により、車両からの直接排出量(Scope 1, 3の一部)を大きく削減。特定のモデルルートでの実証では、最適化前と比較して走行距離を平均15%、CO2排出量を平均25%削減。電動モビリティ導入エリアでは、対象車両のCO2排出量を実質ゼロ化。
- エネルギー効率向上: 走行距離あたりのエネルギー消費量を平均20%削減。
- コスト効率: 短期的にはEV車両や充電インフラ、システム導入の初期投資が発生しましたが、燃料費削減(特に原油価格高騰時)と配送効率向上による人件費・車両維持費の最適化により、5年間の運用コストで従来の方式と同等、またはそれ以下の水準を達成する見込みです。
- 配送効率: ルート最適化とマイクロハブ活用により、配送時間が平均10%短縮され、一日あたりの配送件数が向上しました。
- 企業イメージ向上: 環境配慮型配送サービスとして顧客からの評価が高まり、ブランドイメージ向上に貢献しました。
直面した課題と解決策
取り組みを進める上で、いくつかの重要な課題に直面しました。
課題1:EV車両の初期コストと充電インフラ整備の遅れ
EV車両はICE車両に比べて初期購入費用が高く、特に外部パートナーにとっては導入のハードルとなっていました。また、物流拠点における大規模な充電設備の設置には、電力契約の見直しや工事に時間を要しました。
- 解決策:
- 外部パートナー向けのEV導入支援プログラムを設計し、初期費用の一部を補助。
- 充電設備事業者や電力会社と早期に連携し、必要な容量確保と工事計画を策定。
- まずは既存の物流拠点への充電設備設置を優先しつつ、マイクロハブにも小規模な充電設備を分散配置。
- リースやサブスクリプションモデルのEV車両活用も検討。
課題2:配送ルート最適化システムのデータ連携と現場での適用
高性能なルート最適化システムを導入したものの、既存の受注システムや在庫管理システムとのデータ連携に課題が生じました。また、システムが提示する最適ルートと、現場のドライバーが経験的に知っている交通状況や道路状況との乖離があり、スムーズな運用定着に時間を要しました。
- 解決策:
- システム間のAPI連携を強化し、リアルタイムでのデータ同期を実現。
- システム開発ベンダーと協力し、現場ドライバーからのフィードバックを基にアルゴリズムやUIを改善。
- ドライバー向けのトレーニングプログラムを実施し、システムの操作方法だけでなく、最適化されたルートに従うことの重要性やメリットを丁寧に説明。
- システム導入初期は、経験豊富なドライバーをアドバイザーとして関与させ、現場の知見をシステム改善に反映。
課題3:地域住民とのコミュニケーションと理解促進
都市部でのマイクロハブ設置やEV車両の走行に関して、地域住民からの懸念(騒音、交通量増など)が寄せられるケースがありました。
- 解決策:
- マイクロハブ設置前に、住民説明会を開催し、事業内容や脱炭素への貢献について丁寧に説明。
- EV車両や電動自転車を使用することで、従来の車両よりも騒音や排ガスが低減されることを具体的に伝える。
- 地域のクリーンエネルギー推進イベントへの協賛などを通じて、企業の環境への取り組み姿勢を示す。
成功要因と戦略的示唆
本事例の成功は、以下の要因に支えられています。
- 経営層の明確なビジョンとコミットメント: 脱炭素化を単なるコストではなく、事業競争力強化と社会貢献の両立という視点から捉え、経営資源を重点的に投下することを決定した点が重要です。
- 技術導入と運用改善の組み合わせ: EV化やAI活用といった最新技術の導入だけでなく、配送プロセス自体の見直し、マイクロハブといったインフラの活用、そしてドライバーのトレーニングといった運用面・人的側面への投資を怠らなかったことが、実効性のある成果に繋がりました。
- データに基づいた意思決定と継続的改善: 配送データ、エネルギー消費データ、システム稼働データなどを継続的に収集・分析し、施策の効果測定や課題の早期発見、改善策の検討に活用しました。
- パートナーシップの活用: 車両メーカー、充電インフラ事業者、システムベンダー、そして外部配送パートナーとの緊密な連携により、自社単独では難しかった課題を解決し、取り組みを加速させました。特に、Scope 3削減にはサプライヤーとの共創が不可欠であることを示しています。
他の大手企業、特にEC事業、小売、製造業などで、製品配送が事業活動における重要要素である場合、本事例は貴社のラストワンマイル脱炭素戦略を策定・推進する上で多くの示唆を提供します。
- Scope 3排出量の特定と可視化: まずは自社の配送網(自社、外部委託含む)における排出量を正確に把握し、脱炭素化のターゲットエリアを特定することから始めるべきです。
- 多様な技術・手法の評価と組み合わせ: EV化だけでなく、ルート最適化、共同配送、マイクロハブ活用など、利用可能な様々な手法を評価し、自社の事業特性や地域特性に最適な組み合わせを検討してください。
- パートナー連携の強化: 外部の物流事業者や技術提供者との連携は、Scope 3削減の鍵となります。パートナーの脱炭素化を支援するプログラムの検討も有効です。
- 段階的導入と実証実験: 一度に広範囲に導入するのではなく、特定のエリアや拠点での実証実験から開始し、効果や課題を検証しながら展開していくアプローチがリスクを抑える上で現実的です。
- 従業員への投資と巻き込み: 配送を担うドライバーや現場スタッフの理解と協力が不可欠です。変化への対応を支援し、脱炭素化の取り組みへの貢献を評価する仕組みを検討してください。
結論
ラストワンマイル配送の脱炭素化は、技術導入、プロセス改善、インフラ整備、そして多様なステークホルダーとの連携を組み合わせることで実現可能です。本事例で示されたように、明確な目標設定のもと、多角的なアプローチとデータに基づいた改善を継続することで、環境負荷低減と事業効率向上の両立を目指すことができます。これは、Scope 3排出量削減に課題を感じている多くの企業にとって、実践的なロールモデルとなり得るでしょう。今後も、バッテリー技術の進化や自動運転技術の発展により、ラストワンマイル配送の脱炭素化はさらに加速していくと予想されます。