【ケーススタディ】大型電気機器の回収・リファービッシュ・リサイクル:排出量削減と新たな事業機会創出
はじめに
多くの製造業、特に大型の電気機器や産業機械を扱う企業にとって、製品ライフサイクル全体での排出量削減、とりわけ使用済み製品の適切な処理と再資源化は喫緊の課題となっています。これは単に環境規制への対応というだけでなく、資源循環をビジネスモデルに組み込み、新たな収益源を確保すると同時に、顧客のScope 3排出量削減に貢献するという戦略的な意義も持ち合わせています。
本稿では、ある大手産業機器メーカー(以下、メーカーA社)がどのように大型電気機器の回収・リファービッシュ(再生・修理)・リサイクル事業を構築し、脱炭素化と事業創出の両立を実現したのか、その具体的な取り組み内容、成果、直面した課題とその解決策、そして成功要因と他の企業への示唆について、ケーススタディとして深く掘り下げて解説します。
メーカーA社の取り組み内容
メーカーA社は、産業用モーターや大型ポンプ、制御システムなど、製品寿命が長く、更新時に大量の廃棄物が発生しやすい製品群を主力としています。従来、これらの使用済み製品は多くの場合、顧客自身または第三者によって廃棄・リサイクルされていましたが、メーカーA社は自社が製品知識と技術力を持つ強みを活かし、使用済み製品の回収・リファービッシュ・リサイクルをビジネスとして展開することを決定しました。
具体的な取り組みは以下の通りです。
- 回収ネットワークの構築:
- 自社の既存サービスネットワーク(保守・メンテナンス拠点)を活用し、使用済み製品を顧客から直接回収する体制を構築しました。
- 一部地域では、提携する物流業者や専門リサイクル業者と連携し、効率的な回収ルートを確立しました。
- 製品の状態に応じた初期評価システムを導入し、リファービッシュまたはリサイクルの可能性を迅速に判断できるようにしました。
- 高度なリファービッシュ(再生・修理)プロセスの確立:
- 回収した製品のうち、再利用可能なものは分解・洗浄・修理・部品交換を行い、メーカー保証付きのリファービッシュ品として再生するプロセスを確立しました。
- 主要部品については、新品と同等の性能を回復させるための専門的な技術・設備を開発・導入しました。
- リファービッシュ品の品質基準を厳格に定め、新品販売時と同様の品質保証体制を構築しました。
- 高効率リサイクル技術の開発・導入:
- リファービッシュが困難な製品や部品については、高純度での素材回収を目指したリサイクル技術を開発・導入しました。
- 特に希少金属や機能性素材など、価値の高い資源の回収率を高める技術に注力しました。
- 製品設計段階から分解・分別しやすい構造を採用するなど、リサイクルしやすい設計(Design for Recycling)へのフィードバック体制を構築しました。
- 循環型ビジネスモデルの構築:
- リファービッシュ品を新品よりも安価に提供することで、環境意識の高い顧客やコスト削減ニーズのある顧客に新たな選択肢を提示しました。
- 回収した製品から得られる部品や素材を自社製品の製造に再利用することで、原材料費の削減を図りました。
- 製品のリースやサービス契約に回収・リファービッシュ・リサイクルを組み込むことで、製品の所有から利用への移行を促進し、製品ライフサイクル全体での顧客との関係性を強化しました。
定量的な成果
メーカーA社の取り組みは、環境面と経済面の両方で significant な成果をもたらしました。
- CO2排出量削減:
- リファービッシュ品の利用やリサイクル素材の活用により、新規に製品を製造する場合と比較して、製品1台あたり平均で40%〜60%のCO2排出量削減を実現しました。これは、原材料の新規採掘・精製プロセスや製造工程でのエネルギー消費が大幅に抑制されるためです。
- 回収・リサイクル事業全体で、年間数万トン規模のCO2排出量削減に貢献しています。
- 資源消費削減:
- 主要原材料(鉄、銅、アルミニウム、プラスチックなど)の新規投入量を年間数千トン削減しました。特に希少金属の回収・再利用は、資源リスク低減にも寄与しています。
- コスト削減:
- リサイクル素材やリファービッシュ部品の活用により、製造コストを数%〜10%程度削減しました。
- 新たな収益源:
- リファービッシュ品の販売、回収部品・素材の内部利用によるコスト削減、外部への素材販売などにより、回収・リファービッシュ・リサイクル事業は立ち上げ後数年で数十億円規模の新たな収益源へと成長しました。これは、全社売上高の数%を占めるに至っています。
- 市場競争優位性:
- 環境配慮型製品としてのリファービッシュ品の提供は、サステナビリティを重視する顧客層へのアピールとなり、競争優位性の確立に貢献しました。
- 製品ライフサイクル全体でのサービス提供能力は、顧客との長期的な関係構築に寄与しています。
直面した課題と解決策
この新しい事業を立ち上げる上で、メーカーA社は複数の課題に直面しました。
- 法規制への対応:
- 使用済み製品の回収・運搬・処理に関する国内外の複雑な法規制(廃棄物処理法、資源有効利用促進法など)への準拠が大きな課題でした。特に国境を越える移動は、各国の規制が異なり非常に煩雑でした。
- 解決策: 法務部門、サステナビリティ部門、事業部門が連携し、専門家のアドバイスを得ながら、各国の規制要件を詳細に調査・分析しました。規制対応を専任で行うチームを設置し、法改正の情報収集と社内プロセスの継続的な見直しを行いました。一部の地域では、業界団体と連携し、法改正に向けた提言活動も行いました。
- 効率的な回収ネットワークの構築:
- 全国・世界各地に散らばる使用済み製品を、効率的かつコストを抑えて回収する物流ネットワークの構築は困難でした。製品の種類、サイズ、状態によって最適な回収方法が異なり、標準化が難しい点も課題でした。
- 解決策: 既存の保守サービス網を最大限に活用することを軸とし、不足する部分は地域ごとの物流パートナーと提携しました。IoTを活用した製品管理システムを導入し、製品の稼働状況や使用年数を把握することで、計画的な回収予測とルート最適化を試みました。顧客への回収協力インセンティブ(例: リファービッシュ品購入時の割引)を提供し、回収率向上を図りました。
- リファービッシュ・リサイクル技術の高度化とコストバランス:
- 高純度での素材回収や新品同等の性能を持つリファービッシュ品を製造するには、高度な技術と設備投資が必要であり、コスト増の要因となりました。また、分解・選別の自動化も製品の多様性から容易ではありませんでした。
- 解決策: R&D部門と連携し、特定の主要製品群に焦点を絞った自動分解・選別技術や、主要部品の性能回復技術の開発に集中的に投資しました。外部の技術ベンダーや研究機関との共同研究も積極的に行いました。コスト削減のため、モジュール設計の導入など、製品設計段階からのリサイクル・リファービッシュ容易性の考慮(Design for Circularity)を標準化しました。
- 社内連携と意識改革:
- 新品販売を主とする営業部門や製造部門にとって、リファービッシュ品販売や製品回収は、自社の業績目標との兼ね合いから必ずしも優先順位が高いものではありませんでした。
- 解決策: 経営層が循環型ビジネスへの転換の重要性を全社に強く発信しました。営業・製造・サービス・R&D・サステナビリティ各部門からメンバーを集めたクロスファンクショナルチームを設置し、部門間の連携を強化しました。リファービッシュ品販売や製品回収率に関する目標を、営業部門などの業績評価指標に組み込む制度改定を行いました。
成功要因と戦略的示唆
メーカーA社の回収・リファービッシュ・リサイクル事業の成功要因は多岐にわたりますが、主要な点は以下の通りです。
- 経営層の強力なリーダーシップと長期的な視点: 短期的なコスト増を厭わず、将来的な市場変化と資源制約を見据え、循環型ビジネスへの転換を戦略の核として位置づけた経営判断が不可欠でした。
- 自社の技術力と既存アセットの活用: 製品知識、保守・サービス網といった既存の強みを最大限に活かしたことが、外部の専門業者には真似できない競争優位性となりました。
- 新たな収益モデルの構築: リファービッシュ品販売という明確な収益機会を設計したことで、単なる環境対策ではなく、ビジネスとしての持続可能性を確保しました。
- サプライチェーン全体での連携: 顧客からの回収、物流パートナーとの連携、社内各部門の協力体制構築が、効率的なプロセス実現の鍵となりました。
- Design for Circularityの推進: 製品設計段階からリサイクルやリファービッシュを考慮する体制を構築したことが、下流工程の効率とコストに大きく貢献しました。
ターゲット読者である大手企業のサステナビリティ担当者が、自社の戦略立案や推進においてこの事例から得られる示唆は以下の通りです。
- 自社のコアコンピタンスと循環経済の接点を見出す: 自社の技術力、製品知識、既存の顧客チャネル、サービス網などを、回収・再資源化や循環型ビジネス構築にどのように活用できるかを検討することが重要です。
- ライフサイクル全体での価値創造を目指す: 製品販売後の回収・再利用を、単なる廃棄物処理ではなく、新たな製品・サービス提供の機会、原材料コスト削減、顧客エンゲージメント強化の機会と捉える視点が求められます。
- 明確な定量目標を設定し、評価指標に組み込む: 回収率、リサイクル率、リファービッシュ率、そこから生まれるCO2削減量や経済効果について具体的な目標を設定し、関連部門のKPIに組み込むことで、社内推進力を高めることができます。
- 部門横断的な推進体制と経営層のコミットメントを確保する: 循環型ビジネスの推進は特定の部門だけでは実現できません。全社的な目標設定と、それを推進する部門横断的な組織、そして経営層の継続的な関与が不可欠です。
- 法規制・技術動向・市場ニーズの継続的なウォッチと柔軟な戦略修正: 循環経済を取り巻く環境は常に変化しています。国内外の法規制、新たなリサイクル技術、顧客や市場のニーズを継続的に把握し、戦略を柔軟に修正していく必要があります。
結論
メーカーA社の事例は、大型電気機器という扱いの難しい製品群においても、戦略的な回収・リファービッシュ・リサイクル事業の構築が、CO2排出量の大幅な削減という環境貢献だけでなく、新たな収益源の確保、コスト削減、競争優位性の向上という経済的なメリットをもたらすことを示しています。
これは、多くの製造業にとって、製品ライフサイクル全体での脱炭素化と事業成長を両立させるための、具体的かつ実践的な成功モデルの一つと言えるでしょう。自社の製品特性や事業構造を踏まえつつ、いかに循環型ビジネスモデルへの転換を図っていくかが、今後の持続可能な経営においてますます重要になっていくと考えられます。