サステナブルビジネス事例集

産業拠点における地域エネルギー活用脱炭素戦略:協業モデルと定量効果の分析

Tags: 脱炭素経営, 地域連携, エネルギー戦略, 工場脱炭素, ケーススタディ

はじめに:産業拠点脱炭素化における地域連携の重要性

大手企業にとって、サプライチェーン全体での脱炭素化、特にScope 1およびScope 2排出量の大部分を占めることが多い自社工場の脱炭素化は喫緊の課題です。単に工場内のエネルギー効率改善や再エネ電力購入に留まらず、地域のエネルギーインフラや未利用エネルギーを活用した、より包括的かつ効率的なアプローチが求められています。

本稿では、産業拠点である大規模工場において、地域エネルギー会社と連携することで脱炭素化を推進した具体的な事例を取り上げ、その取り組み内容、定量的な成果、直面した課題と解決策、そして他の企業が自社の戦略策定に活かせる成功要因と戦略的示唆を深く掘り下げて分析します。

事例企業概要と脱炭素化への背景

本事例の企業は、日本国内に複数の大規模工場を保有する、エネルギー多消費型の製造業A社です。A社は、国内外の脱炭素規制強化、サプライヤーとしての顧客企業からの要求、そして自社のサステナビリティ目標達成のために、既存工場の抜本的な脱炭素化戦略を策定する必要に迫られていました。特に、稼働期間の長い既存工場では、設備更新だけでは限界があり、地域全体のエネルギーインフラとの連携による新たなアプローチを模索していました。

対象となった工場は、地域の工業団地に位置しており、近隣には地域のエネルギー会社が運営するコジェネレーション設備や未利用熱源(例:隣接する廃棄物処理施設からの熱)が存在していました。A社はこの地域特性に着目し、地域エネルギー会社との連携による脱炭素化の可能性を検討開始しました。

具体的な取り組み内容とプロセス

A社と地域エネルギー会社との連携による脱炭素化戦略は、以下の柱で構成されています。

  1. 地域エネルギー会社との協業スキーム構築: A社と地域エネルギー会社は、工場のエネルギー需要(電力、熱)と地域のエネルギー供給能力を詳細に分析する共同検討チームを設置しました。長期的なエネルギー供給契約に加え、将来的なエネルギーシステムの高度化(VPP連携など)を見据えた協業協定を締結しました。
  2. 分散型再エネ発電設備の導入: 工場敷地内の遊休地や屋上を活用し、メガソーラーを含む大規模太陽光発電設備(合計出力20MW)を導入しました。これにより、工場で使用する電力の一部をオンサイトで賄う体制を構築しました。設備の運用・保守は地域エネルギー会社が担当することで、A社の負担を軽減しました。
  3. 地域からの熱供給導入と工場内熱ネットワーク最適化: 地域エネルギー会社が保有するコジェネレーション設備および近隣の廃棄物処理施設から発生する余剰熱を、工場内の生産プロセスに必要な熱源として導入しました。具体的には、蒸気や温水として供給を受けるための配管ネットワークを敷設し、従来のボイラーによる熱供給を削減しました。工場内の様々な熱需要箇所への最適な分配のため、熱ネットワークのフローを見直しました。
  4. 高度エネルギーマネジメントシステム(EMS)の構築: 工場全体の電力・熱の需要と、オンサイト再エネ発電量、地域からの電力・熱供給量をリアルタイムで監視・予測するEMSを導入しました。このEMSを活用し、価格や供給状況に応じて最適なエネルギー源を選択し、設備稼働を最適化する制御システムを構築しました。これにより、再エネや地域からの熱供給の利用率最大化を図りました。
  5. 既存設備の高効率化と燃料転換: 上記と並行して、工場内の主要なエネルギー消費設備(ポンプ、ファン、照明など)の高効率タイプへの更新、および一部熱利用設備の電化(例:ガスボイラーからヒートポンプへの転換)を実施しました。

これらの取り組みは、単年度ではなく複数年かけて段階的に実施されました。まず、協業スキームとEMSの基本設計を進め、次に再エネ導入と地域からの熱供給インフラ整備に着手。最後に、EMSによる最適制御と既存設備改修を並行して行うという計画でした。

定量的な成果

本事例の取り組みにより、A社の当該工場では以下の定量的な成果が得られました。

直面した課題と解決策

取り組みを進める上で、いくつかの重要な課題に直面しました。

  1. 地域エネルギー会社との連携調整: 地域エネルギー会社の事業計画や設備能力と、工場のエネルギー需要のミスマッチが発生する可能性がありました。
    • 解決策: 双方の事業計画や将来のエネルギー需要・供給予測を早期かつ継続的に共有し、長期的な視点で供給契約やインフラ投資計画を調整しました。定期的な合同会議を設置し、密なコミュニケーションを図りました。
  2. 初期投資の大きさ: 分散型再エネ導入や熱供給配管の敷設、EMS構築には多額の初期投資が必要でした。
    • 解決策: 国や自治体からの補助金制度を積極的に活用しました。また、地域エネルギー会社との間で、一部設備の共同保有や、A社が設備投資を行い地域エネルギー会社が運用を行うといった柔軟な契約形態を検討・採用することで、投資リスクを分散しました。
  3. 既存設備改修と生産活動の両立: エネルギー効率改善のための設備改修は、生産ラインの停止を伴う場合があり、生産計画に影響を与える可能性がありました。
    • 解決策: 生産部門と緊密に連携し、定期メンテナンス期間や閑散期を活用して計画的に改修工事を実施しました。また、短期的な生産影響を最小限にするための代替手段(例:仮設ボイラー設置など)も準備しました。
  4. 社内関係部署間の連携: エネルギー部門だけでなく、生産部門、設備保全部門、経理部門、調達部門など、複数の部署間の連携と合意形成が不可欠でした。
    • 解決策: プロジェクト横断チームを組成し、各部署の担当者が密に連携できる体制を構築しました。プロジェクトの目的、進捗、各部署への影響について定期的に説明会やワークショップを開催し、共通認識の醸成に努めました。
  5. 再エネ電力の出力変動対応: 太陽光発電は天候によって出力が変動するため、工場稼働に必要な安定した電力供給をどう確保するかが課題でした。
    • 解決策: EMSによる発電量予測と連動した最適なエネルギー源(地域からの電力、系統電力)の選択制御を行いました。また、一部蓄電池システムの導入や、将来的なVPP(仮想発電所)への参画も視野に入れ、レジリエンス強化を図っています。

成功要因と戦略的示唆

本事例の成功要因は多岐にわたりますが、特に以下の点が重要であると考えられます。

これらの成功要因から、他の企業(特に大規模な産業拠点を有する企業)が自社の脱炭素戦略を推進する上で得られる示唆は以下の通りです。

結論

A社の事例は、大規模な産業拠点においても、地域エネルギー会社との連携を通じて、分散型再エネ、地域からの熱供給、そして高度なエネルギーマネジメントシステムを組み合わせることで、大幅なCO2排出量削減とエネルギーコスト削減を両立できることを示しています。直面する課題は少なくありませんが、データに基づいた意思決定、複数の手法の組み合わせ、そして関係者との強固なパートナーシップによって乗り越えることが可能です。

自社の産業拠点の脱炭素化を検討されている担当者の皆様にとって、本事例が地域連携という新たな視点、具体的なアプローチ、そして戦略策定への重要な示唆となることを願います。今後は、本事例で構築されたシステムをVPPとして活用し、地域の電力系統安定化に貢献するといった、更なる発展も期待されます。