サステナブルビジネス事例集

再エネ熱利用とCO2削減を実現:産業用大規模蓄熱システムの導入事例と戦略的示唆

Tags: 蓄熱システム, 産業脱炭素, エネルギー効率化, CO2削減, 再エネ熱利用, ケーススタディ

産業分野における脱炭素化の課題と蓄熱技術の可能性

産業分野における脱炭素化は、日本および世界の気候変動対策において極めて重要な課題です。特に製造業などでは、製品生産に不可欠なプロセス熱の需要が大きく、その多くを化石燃料に依存している現状があります。電気への転換(電化)が可能なプロセスもありますが、高温域での熱需要や、電力供給の変動性といった課題から、電化だけでは脱炭素化が難しいケースも少なくありません。

こうした背景の中、再生可能エネルギー由来の電力や余剰熱を効率的に貯蔵し、必要な時に安定的に供給する蓄熱技術への期待が高まっています。大規模な蓄熱システムは、再エネの導入拡大に伴う出力変動を吸収し、電力系統の安定化に貢献するだけでなく、夜間やオフピーク時の安価な電力、あるいは工場から排出される未利用熱を貯蔵し、ピーク時や需要時に利用することで、化石燃料消費量の削減、エネルギーコストの最適化、さらには新たな収益機会の創出に寄与する可能性があります。

本記事では、産業プロセスにおける脱炭素化を目的として、大規模な蓄熱システムを導入したある先進的な事例を取り上げ、その具体的な取り組み内容、得られた定量的な成果、直面した課題とその解決策、そして他の企業が自社の脱炭素戦略を検討する上で参考となる戦略的示唆について深く掘り下げて解説いたします。

事例企業の概要と大規模蓄熱システム導入の取り組み

今回取り上げる事例は、大量のプロセス熱を必要とする化学プラントを操業する企業(以下、事例企業)における取り組みです。事例企業では、製品製造のために常に高温(数百℃)の熱を安定供給する必要があり、従来は主に天然ガスを燃料とするボイラーから熱エネルギーを得ていました。このエネルギー消費が、事業活動におけるCO2排出量の大部分を占めており、脱炭素目標達成に向けた最大の課題となっていました。また、エネルギー価格の変動リスクも経営上の懸念事項でした。

事例企業は、これらの課題を解決するため、再エネ電力の直接利用や燃料転換に加え、抜本的なエネルギー構造改革として、大規模な高温蓄熱システムの導入を決定しました。導入されたのは、溶融塩を蓄熱材とするシステムです。このシステムは、夜間や週末の電力需要が低い時間帯に、購入した再エネ電力(または電力系統からの電力)を利用して溶融塩を加熱し、高温の熱エネルギーとして貯蔵します。日中のプラント稼働時間帯には、貯蔵された高温の溶融塩から熱を取り出し、熱交換器を介して製造プロセスに必要な蒸気や熱媒体として供給します。

このシステムの導入プロセスは多岐にわたりました。まず、プラント全体の熱需要パターン、既存設備の仕様、敷地条件などを詳細に分析し、最適な蓄熱容量とシステム構成を決定しました。次に、高温での安定した熱供給と安全性を確保するための技術選定が行われ、特に溶融塩の組成、貯槽の材質、熱交換器の設計には高度な専門知識が必要とされました。建設段階では、大規模な熱貯槽の設置や配管工事、複雑な制御システムの構築が進められました。最後に、既存のボイラーシステムや製造プロセスとの円滑な連携を実現するためのシステム統合と試運転が行われました。

導入による定量的な成果

大規模蓄熱システムの導入により、事例企業は顕著な脱炭素効果と経済的メリットを達成しています。具体的な定量的な成果は以下の通りです。

これらの数値は、大規模蓄熱システムが単なる環境対策に留まらず、明確な経済合理性を持つソリューションであることを示しています。

直面した課題と解決策

大規模蓄熱システムの導入は、多くのベネフィットをもたらす一方で、いくつかの技術的・運用的な課題にも直面しました。

第一に、高温での安定運転に関する技術的な課題です。溶融塩は高温で取り扱うため、材料の腐食、劣化、安全性の確保が重要な課題でした。これに対し、事例企業は材料選定において過去の知見が豊富な素材を厳選し、温度・圧力管理システムを高度化することで対応しました。また、定期的な検査とメンテナンス計画を綿密に策定・実行することで、長期的な信頼性を確保しています。

第二に、既存プラント設備との統合に関する課題です。蓄熱システムは、既存のボイラーシステム、熱供給配管網、製造プロセス設備と連携して運転される必要があります。異なる制御システム間の通信や、熱需要の変動に応じた最適なシステム切り替えは複雑でした。この課題に対しては、高度なシミュレーションツールを用いた入念な事前設計と、統合制御システムの綿密なカスタマイズ、そしてシステムインテグレーターとの緊密な連携により解決を図りました。

第三に、初期投資コストの課題です。大規模な蓄熱システムは、従来のエネルギー設備と比較して初期投資が大きくなる傾向があります。事例企業では、国の補助金制度やグリーンボンドなどのグリーンファイナンスを活用することで、この初期投資負担を軽減しました。また、長期的なエネルギーコスト削減による経済効果を詳細に分析し、社内的な投資判断の根拠を明確に示しました。

第四に、運用・メンテナンスに必要な専門知識の課題です。溶融塩蓄熱システムのような先端技術は、運用やメンテナンスに専門的な知識・スキルが必要となります。事例企業は、システム供給元との長期的な保守契約を締結するとともに、社内担当者に対する専門的なトレーニングプログラムを導入し、技術力の向上を図りました。

これらの課題に対し、事例企業は技術部門、調達部門、財務部門が連携し、外部の専門家や技術ベンダーとの協力を通じて、計画段階から運用段階まで粘り強く取り組みました。特に、リスク評価に基づいた技術選定と、経済合理性を重視した投資判断基準が、プロジェクト成功の鍵となりました。

成功要因と戦略的示唆

この事例の成功は、いくつかの重要な要因に支えられています。まず、経営層の強いコミットメントが挙げられます。脱炭素化とエネルギー効率化を経営戦略の柱と位置づけ、大規模投資を伴う本プロジェクトを推進する明確な意思決定が行われました。次に、技術評価能力とパートナーシップです。多様な蓄熱技術の中から、自社のプロセス特性と将来的な拡張性を見据えて最適なシステムを選定し、信頼できる技術ベンダーと強固なパートナーシップを構築しました。また、徹底した事前シミュレーションと計画策定も重要です。エネルギー需要、システム応答、経済効果などを詳細にシミュレーションし、潜在的な課題を早期に特定・対策しました。

この事例から、他の企業、特に大量のプロセス熱を必要とする産業(化学、鉄鋼、セメント、食品、窯業など)のサステナビリティ担当者は、以下の戦略的示唆を得ることができます。

大規模蓄熱システムは、産業プロセスの電化が困難な領域において、再エネ熱利用を拡大し、化石燃料依存度を低減するための強力なツールとなり得ます。

結論

本記事で紹介した大規模蓄熱システムの導入事例は、大量のプロセス熱を必要とする産業分野において、脱炭素化と経済性向上を両立させる具体的なアプローチを示唆しています。再エネ由来の電力や余剰熱を効率的に活用し、必要な時に安定供給する蓄熱技術は、エネルギー転換の実現に向けた重要な要素技術です。

この事例から得られる教訓は、自社のエネルギー需要構造を深く理解し、利用可能な多様な脱炭素技術オプションを比較検討すること、システム全体の最適化を見据えた計画を策定すること、そして技術的な課題や経済的なハードルに対し、関係部門および外部パートナーとの連携を通じて粘り強く取り組むことの重要性です。

今後、蓄熱技術の更なる進化、コスト低減、そして政策支援の拡充が進めば、より多くの産業分野で大規模蓄熱システムが導入され、脱炭素経営を加速させる重要な役割を担うことが期待されます。企業のサステナビリティ担当者には、自社の状況を踏まえ、蓄熱技術が脱炭素戦略にどのように貢献できるかを積極的に検討していくことが求められます。