グリーンビルディング材料・工法による建設分野脱炭素化事例:設計段階からの排出量削減と事業性両立戦略
建設分野における脱炭素の重要性
建築物のライフサイクル全体におけるCO2排出量は、膨大な量にのぼります。運用段階でのエネルギー消費(暖房、冷房、照明など)が主要な排出源とされてきましたが、近年では建設前段階、特に材料の製造、輸送、建設現場での排出(エンボディーカーボン)も脱炭素経営において無視できない要素として注目されています。大手企業が自社のオフィスビル、工場、研究開発施設などを新設または改修する際、これらの建設プロセスにおける排出量削減は、Scope 3排出量の削減に直結するため、サステナビリティ戦略上極めて重要になります。
ここでは、先進的なデベロッパーが大規模オフィスビル開発において、グリーンビルディング材料と革新的工法を組み合わせることで、設計段階から建設完了までの排出量を大幅に削減し、かつ事業性を両立させた事例を紹介します。
事例の具体的な取り組み内容
この事例では、都心に建設された延床面積約5万平方メートルの大規模オフィスビルプロジェクトにおいて、従来の鉄骨鉄筋コンクリート造(SRC造)や鉄骨造(S造)中心の設計から脱却し、以下の取り組みを複合的に導入しました。
- 構造材への木材(CLT等)活用: 建物の主要構造部材の一部(床版、梁、一部柱)にCLT(直交集成板)をはじめとするエンジニアリングウッドを積極的に採用しました。森林認証(FSC認証など)を受けた持続可能な方法で調達された木材を使用し、製造時のエネルギー消費がコンクリートや鉄に比べて少ない木材の特性を活かしました。
- 低炭素コンクリート・高炉セメント等の利用: 基礎や地下部分、木材以外のコンクリート構造部分には、セメントの一部を高炉スラグ微粉末などに置き換えた低炭素コンクリートや、製造時のCO2排出量が少ない特殊なセメントを採用しました。
- 再生・再利用材料の活用: 建材の一部には、建設現場からの副産物や産業廃棄物をリサイクルした再生骨材や、既存建物から発生した廃材を再利用・加工した材料を使用しました。
- プレハブ化・モジュール化の推進: 設備配管や内装の一部を工場でプレハブ化・モジュール化し、現場での加工・組み立て作業を最小限に抑えました。これにより、現場での重機稼働や輸送に伴う排出量を削減しました。
- LCA(ライフサイクルアセスメント)に基づく材料選定: 設計初期段階からLCA評価ツールを用いて、異なる材料や工法の組み合わせによるCO2排出量を算定し、排出量が最も少なくなる選択肢を定量的に比較検討しました。
- サプライヤーとの早期連携: 主要な材料供給者(木材、コンクリートメーカー等)や建設会社と設計の早い段階から密接に連携し、グリーン材料の安定供給体制や、新しい工法への対応能力を確認・構築しました。
定量的な成果
これらの取り組みの結果、以下の定量的な成果を達成しました。
- 建設段階(材料製造から現場作業まで)のCO2排出量削減: LCA評価によると、従来の標準的なSRC造・S造のオフィスビルと比較して、建設段階のCO2排出量を約30%削減しました。これは、主に木材の炭素固定効果と、低炭素コンクリート、再生材の使用、プレハブ化による現場排出量削減によるものです。
- 建設廃棄物削減: プレハブ化・モジュール化や、材料の精緻なプレカットにより、現場での端材発生が抑制され、建設廃棄物量を従来の同規模ビルと比較して約20%削減しました。
- コスト: 初期建設コストは、一部特殊材料の使用により従来のビルより若干増加しましたが(約5%増)、長期的なLCC(ライフサイクルコスト)評価では、高断熱性能や運用段階でのメンテナンスコスト削減、解体時の材料再利用価値などを考慮すると、従来のビルと同等か、わずかに優位であると評価されています。
- 市場評価: 環境性能の高いビルとして、テナント企業からの関心が高く、高い稼働率と賃料を維持することに貢献し、新たな収益源や競争優位性につながりました。
直面した課題と解決策
取り組みを進める上で、いくつかの課題に直面しました。
- 初期コストとサプライチェーンの課題: グリーン材料、特に構造用木材や特殊コンクリートは、従来の材料に比べて初期コストが高い傾向がありました。また、十分な品質と供給量を確保できるサプライヤーを見つけ、安定的な供給ネットワークを構築する必要がありました。
- 解決策: 短期的な初期コストだけでなく、長期的なLCC(運用、メンテナンス、解体、再利用価値を含む)で評価し、経済合理性を示すことで社内承認を得ました。サプライヤーとは早期に長期供給契約や共同での技術検証を行い、供給リスクを低減しました。
- 設計・施工の技術的課題: 大規模建築における木材構造や、異なる材料(木材、コンクリート、鉄骨)の接合部設計、プレハブ部材の現場での納まりなど、従来の工法にはない技術的な検討やノウハウが必要でした。
- 解決策: 木材構造やBIM(Building Information Modeling)に知見のある設計事務所・建設会社と協業し、設計初期段階から密なコミュニケーションとシミュレーションを重ねました。また、モックアップを作成して接合部の納まりや施工性を事前に検証しました。
- 法規制・許認可の課題: 新しい材料や工法によっては、既存の建築基準法や関連法規との適合性確認に時間を要したり、行政との事前協議が必要になるケースがありました。
- 解決策: プロジェクトの早い段階から所管行政と積極的にコミュニケーションを取り、新しい技術基準や評価方法について理解を求め、必要な技術評価や認定を計画的に取得しました。
- 関係者間の知識・意識の差異: 設計者、施工者、サプライヤー、デベロッパー社内の関係者の間で、グリーンビルディング材料・工法に関する知識や脱炭素への意識レベルに差異がありました。
- 解決策: プロジェクトチーム全体で定期的な勉強会やワークショップを実施し、最新の情報共有と意識向上を図りました。各分野の専門家をチームに加え、技術的な疑問や懸念を早期に解消できる体制を構築しました。
成功要因と戦略的示唆
この事例の成功要因は以下の点が挙げられます。
- 経営層の強いコミットメント: 脱炭素と環境配慮型建築への経営層の明確な方針と、それをプロジェクトに落とし込む強い意思が推進力となりました。
- 設計段階からの統合的なアプローチ: LCA評価を早期に導入し、材料選定、構造設計、施工計画を一体的に検討したことが、最大の排出量削減効果と事業性両立につながりました。
- サプライヤーとの戦略的パートナーシップ: 材料供給者や建設会社を単なる請負先ではなく、脱炭素実現に向けたパートナーと位置づけ、共同で課題解決に取り組みました。
- 長期視点での経済性評価: 初期コスト増に惑わされず、LCCや市場評価といった長期的な視点でプロジェクト全体の経済性を評価したことが、意思決定を後押ししました。
他の企業(特にサステナビリティ担当者)への戦略的示唆としては、以下のような点が挙げられます。
- 自社施設の新設・改修プロジェクトを脱炭素化の好機と捉える: 建設段階のエンボディーカーボン削減は、Scope 3排出量削減に大きく貢献します。建築計画の早期段階から、グリーンビルディング材料や革新的工法を検討するチームを組成・関与させることが重要です。
- LCA評価の導入を検討する: 材料や工法の選択が、ライフサイクル全体でどの程度CO2排出量に影響するかを定量的に把握することは、合理的な意思決定に不可欠です。
- サプライヤーとの協業を強化する: グリーン材料の安定供給や新しい工法への対応は、サプライヤーの技術力や供給体制に依存します。早期からの情報共有と共同開発・調達戦略が鍵となります。
- 関連部門(建設、不動産、施設管理、調達等)との連携を深める: サステナビリティ部門だけでなく、建築プロジェクトに関わる多様な部門が脱炭素目標を共有し、一体となって取り組む体制が必要です。
結論
建設分野におけるグリーンビルディング材料や革新的工法の活用は、設計段階からのCO2排出量を大幅に削減し、企業全体の脱炭素目標達成に貢献する有効な手段です。本事例が示すように、初期の課題克服には関係者間の密な連携、技術的な検討、そして長期的な視点での評価が不可欠ですが、これを乗り越えることで、環境性能と事業性を両立した魅力的なアセットを生み出すことが可能になります。大手企業が脱炭素経営を推進する上で、自社施設の建設・改修計画は、重要な戦略的機会となるでしょう。