金融機関による投融資先の脱炭素化支援:エンゲージメント戦略とScope 3削減の事例分析
金融機関が牽引する脱炭素化:投融資を通じた影響力
世界的な脱炭素潮流の中で、金融機関の役割はますます重要になっています。単に自らの事業活動における排出量(Scope 1, 2)を削減するだけでなく、投融資先の活動に伴う排出量、すなわちScope 3カテゴリー15(投融資)の削減を通じて、経済全体の脱炭素化に貢献することが強く求められています。特に、脱炭素経営を推進する企業のサステナビリティ担当者にとって、取引のある金融機関がどのような方針で、どのような支援を提供しているかを理解することは、自社の資金調達戦略や脱炭素施策を進める上で不可欠な視点となります。
本記事では、架空の事例として「みらい金融グループ」がどのように投融資先の脱炭素化を積極的に支援し、そのプロセスでどのような成果、課題、そして解決策があったのかを詳細に分析します。この事例を通じて、金融機関と事業会社間の協働による脱炭素推進の可能性と、そこから得られる戦略的な示唆を探ります。
事例:みらい金融グループの投融資先脱炭素支援プログラム
みらい金融グループは、気候変動リスクを経営の最重要課題の一つと位置づけ、2030年までに投融資ポートフォリオ全体の炭素強度を基準年比で30%削減するという野心的な目標を設定しました。この目標達成のため、同グループは投融資先の脱炭素化を促すための包括的な支援プログラムを立ち上げました。
具体的な取り組み内容
プログラムの中心は、排出量の大きい産業や、グループにとって戦略的に重要な投融資先企業に対するエンゲージメント強化です。
- 投融資先ポートフォリオの排出量評価: まず、主要な投融資先約500社に対して、GHGプロトコルに基づいた排出量データ(特にScope 1, 2, 3)の提出を求め、ポートフォリオ全体の炭素強度を算出しました。データ提出が困難な企業に対しては、業種別の平均データや第三者機関の提供するデータを用いて推計を行いました。
- ターゲット企業の選定とエンゲージメント計画策定: 炭素強度の高い企業や、脱炭素への貢献ポテンシャルが高い企業をエンゲージメントの優先対象として選定しました。個別の企業に対して、脱炭素への課題、目標、具体的な削減計画について対話を行うためのエンゲージメントチームを組成しました。
- 脱炭素化に向けたソリューション提供: エンゲージメントを通じて企業のニーズを把握し、多様なソリューションを提供しました。
- グリーンファイナンス: 再生可能エネルギー導入、省エネルギー設備投資などに特化した低金利融資やグリーンボンドの組成・引受を提案。
- サステナビリティ・リンク・ローン (SLL): GHG排出量削減率などのサステナビリティ目標達成度に応じて金利が変動するSLLを積極的に活用。目標設定段階から金融機関が関与し、野心的な目標設定を促しました。
- 技術・専門家情報の提供: 脱炭素技術(CCUS, 水素関連技術など)や省エネルギー技術に関する最新情報の提供、あるいは脱炭素計画策定や第三者認証取得を支援する外部コンサルタントの紹介を行いました。
- 共同ワークショップ・情報交換会: 同業種の投融資先企業を集めたワークショップを開催し、成功事例や課題、最新動向の情報交換を促進しました。
- 進捗のモニタリングと評価: 設定した削減目標に対する進捗を定期的にモニタリングし、必要に応じて計画の見直しや追加支援の検討を行いました。進捗評価は、可能な限り定量的なデータ(CO2排出量、エネルギー消費量など)に基づいて実施しました。
定量的な成果
これらの取り組みの結果、みらい金融グループはプログラム開始から3年間で以下のような成果を上げています。
- Scope 3(投融資先)排出量削減貢献: 主要なエンゲージメント対象企業の協力により、ポートフォリオ全体の炭素強度を計画通り10%削減しました。これは、換算すると年間約150万トンのCO2排出量削減に貢献したことに相当します(基準年比)。
- グリーンファイナンス実行額: プログラム開始後3年間で、グリーンローンやSLLの実行額が年平均20%増加し、新たな収益機会を創出しました。
- 投融資先企業の脱炭素目標設定率向上: エンゲージメント対象企業のうち、具体的な脱炭素目標を設定し、その進捗を開示する企業の割合が、開始時の30%から70%に向上しました。
- 評価向上: サステナビリティ格付け機関からの評価が向上し、ESG投資家からの資金流入が増加しました。
直面した課題と解決策
取り組みを進める上で、いくつかの重要な課題に直面しました。
- 投融資先企業の脱炭素への意識と能力のばらつき: 特に中小企業や特定の伝統産業においては、脱炭素の必要性への理解が浅かったり、具体的な取り組み方が分からなかったりするケースが多く見られました。
- 解決策: 一方的な要求ではなく、「共に学ぶ」姿勢で対話を進めました。脱炭素のビジネスメリット(コスト削減、競争力強化、新たな市場機会)を分かりやすく説明し、具体的なステップを示しました。必要に応じて、簡易的な排出量算定ツールの提供や、入門レベルのワークショップ開催を行いました。
- 信頼できる排出量データの収集困難性: 特にScope 3排出量に関して、投融資先企業からのデータ収集が難しく、データの精度に課題がありました。
- 解決策: データ開示の重要性を根気強く説明するとともに、開示を促すためのインセンティブ(例:SLLの金利優遇)を設計しました。また、国際的な開示フレームワーク(TCFD, CDPなど)に沿った開示を推奨し、開示フォーマットの標準化を図りました。データの品質向上には時間がかかることを認識しつつ、段階的なデータ収集目標を設定しました。
- 金融機関側の専門知識不足とリソース制約: 金融の専門家が、各産業の脱炭素技術やビジネスモデルの深い知見を持つことは容易ではありませんでした。
- 解決策: 気候変動やエネルギー分野の専門家を新たに採用・育成しました。外部のシンクタンクやコンサルティング会社、あるいは技術系ベンチャー企業とのパートナーシップを強化し、最新情報や専門知識を補完しました。社内横断的な知識共有プラットフォームを構築しました。
- 短期的な経済合理性との両立: 脱炭素投資は初期コストが大きい場合があり、短期的な収益性を重視する企業との間で、意見の相違が生じることがありました。
- 解決策: 脱炭素投資のLCA(ライフサイクルアセスメント)に基づいた経済性評価を支援し、中長期的なコスト削減効果や競争力強化によるリターンを具体的に提示しました。政府の補助金制度や税制優遇措置に関する情報提供も積極的に行いました。
成功要因と戦略的示唆
みらい金融グループの事例が成功した要因はいくつか挙げられます。
- 経営トップの強力なリーダーシップ: 最高経営層が脱炭素を明確な経営戦略として位置づけ、全社的なコミットメントを示したことが、組織全体の推進力を高めました。
- 投融資先との「共創」アプローチ: 一方的な規制や要求ではなく、投融資先企業の課題に寄り添い、共に解決策を探る「パートナー」としての姿勢が、信頼関係構築と主体的な取り組みを促しました。
- 金融ソリューションと非金融ソリューションの組み合わせ: 金利優遇や融資以外の、情報提供や専門家紹介といった非金融サービスを組み合わせることで、投融資先が必要とする多様な支援を提供できました。
- データに基づいた目標設定とモニタリング: 曖昧な目標ではなく、具体的なデータに基づいた目標設定と、その進捗の見える化が、取り組みの実効性を高めました。
他の企業、特に大手企業のサステナビリティ担当者にとって、この事例から得られる示唆は多岐にわたります。自社の脱炭素戦略において、主要な金融機関との関係性を強化し、どのようなグリーンファイナンスや支援プログラムが利用可能かを積極的に調査・交渉することは、資金調達の最適化だけでなく、サプライチェーン全体の脱炭素を推進する上で重要な機会となります。また、自社がサプライヤーや顧客に対して脱炭素を促す際にも、金融機関が行っているようなエンゲージメントのアプローチやソリューション提供の考え方を参考にすることができます。
結論
みらい金融グループの事例は、金融機関が投融資先の脱炭素化を支援することが、自らのScope 3排出量削減に貢献するだけでなく、新たなビジネス機会の創出や企業評価の向上につながることを示しています。成功の鍵は、経営層のコミットメント、投融資先との強固な信頼関係構築、そして金融と非金融を組み合わせた包括的なソリューション提供にありました。
脱炭素は、一企業だけで達成できるものではありません。金融機関と事業会社がそれぞれの強みを活かし、課題を共有し、具体的な行動を共に推進していくことが、経済システム全体の変革を加速させるためには不可欠です。今回の事例分析が、読者の皆様の企業の脱炭素戦略立案や、金融機関との連携強化の一助となれば幸いです。