デジタルプラットフォーム活用による製造業サプライチェーン脱炭素:Scope 3可視化・削減の具体的アプローチと成功要因
サプライチェーン脱炭素の喫緊性とデジタルプラットフォームの役割
企業の脱炭素経営において、自社の直接的な排出量(Scope 1, 2)に加え、サプライチェーン全体での排出量(Scope 3)の削減がますます重要になっています。特に製造業においては、原材料調達、製造委託、物流、販売された製品の使用・廃棄など、広範なバリューチェーンにわたるScope 3排出量が、総排出量の大部分を占めるケースが多く見られます。このScope 3排出量の削減には、複雑なサプライヤーネットワークとの連携が不可欠であり、そのための効果的なデータ収集、可視化、分析、そして協働を可能にするデジタルプラットフォームの活用が注目されています。
本記事では、大手製造業におけるデジタルプラットフォームを活用したScope 3排出量削減の成功事例を深く掘り下げ、その具体的な取り組み内容、定量的な成果、直面した課題と解決策、そして成功要因と戦略的示唆について解説します。
事例企業の具体的な取り組み内容:デジタルによるScope 3マネジメントの構築
この事例企業は、世界中に複雑なサプライヤーネットワークを持つ大手製造業です。脱炭素目標達成のためにScope 3排出量の抜本的な削減が必須であると認識し、特に排出量が多い「購入した製品・サービス」および「輸送・配送(上流・下流)」カテゴリーに焦点を当てました。
取り組みの中心となったのは、Scope 3排出量マネジメントに特化したデジタルプラットフォームの導入です。このプラットフォームは以下の機能を統合しています。
- データ収集・標準化機能: 世界中の多様なサプライヤーから、活動量データ(例:製品の種類、量、輸送距離、使用エネルギー種別など)および原単位データ(例:製品ごとの排出係数)を収集するためのインターフェースを提供。データ形式の標準化を支援し、サプライヤーのデータ入力負担を軽減するためのテンプレートやガイドラインも整備しました。
- 可視化・分析機能: 収集したデータを基に、サプライヤー別、製品別、カテゴリー別など、様々な切り口でのScope 3排出量をリアルタイムに可視化。排出量の多いボトルネックや削減ポテンシャルの高い領域を特定できる分析機能を有しています。
- 目標設定・進捗管理機能: サプライヤーごとに削減目標を設定し、その進捗をトラッキングする機能。目標達成に向けた具体的な削減計画の策定や、施策の効果測定を支援します。
- サプライヤー連携・コミュニケーション機能: プラットフォームを通じて、サプライヤーに対して削減目標やガイドラインを共有し、情報交換を行う場を提供。優秀な取り組み事例の共有や、排出量削減に関するナレッジ提供なども行いました。
- 削減施策支援機能: サプライヤーが実行可能な削減施策(例:再エネ導入、省エネ設備の導入、物流ルート最適化など)に関する情報提供や、必要な技術支援、ファイナンス支援の機会などをプラットフォーム上で紹介しました。
導入プロセスとしては、まず主要な一次サプライヤーから取り組みを開始し、段階的に二次、三次のサプライヤーへと対象を拡大していきました。初期段階では、サプライヤーが容易にデータを提供できるよう、簡易的なデータ入力シートとオンライン説明会を実施し、並行してプラットフォームへのデータ投入を進めました。
定量的な成果:Scope 3排出量の削減とサプライヤー連携の深化
このデジタルプラットフォームの導入と活用により、事例企業は以下のような定量的な成果を達成しました。
- Scope 3排出量削減: 対象カテゴリーにおけるScope 3排出量を、導入開始から3年間で合計約15%削減しました。これは主に、サプライヤーにおける再エネ導入支援、物流最適化の推進、および排出原単位の低い原材料への切り替え推進によるものです。
- 可視化率の向上: 主要な一次サプライヤー(排出量全体の約70%を占める)からのデータ収集率が、導入前の約30%から90%以上に向上しました。これにより、Scope 3排出量のより正確な算定と分析が可能になりました。
- サプライヤーエンゲージメントの強化: プラットフォームを通じた継続的なコミュニケーションと削減支援により、サプライヤーの脱炭素への意識と協力を促し、主要サプライヤーの約60%が独自の削減目標を設定するに至りました。
- コスト削減効果: 物流ルートの最適化や梱包材の見直しなど、サプライヤーと共同で実施した施策により、一部のカテゴリーで約3%のコスト削減にも寄与しました。
直面した課題と解決策:データ収集の壁とサプライヤーとの信頼関係構築
本事例の取り組みにおいて、特に以下のような課題に直面しました。
- データ収集の困難さ:
- 課題: サプライヤーごとにデータの集計・管理方法が異なり、統一フォーマットでの収集が困難でした。特に中小規模のサプライヤーは、排出量データ算定のノウハウやリソースが不足していました。
- 解決策: プラットフォームに、業界標準に準拠した簡易的なデータ入力テンプレートと、排出量算定ガイドライン(活動量からの計算方法など)を提供しました。また、サプライヤー向けに複数回のオンライン説明会や個別相談会を実施し、データ入力のサポートを行いました。特に中小サプライヤーに対しては、テンプレートを極力簡素化し、活動量の提供だけでも算定できるよう配慮しました。
- サプライヤーの協力確保:
- 課題: サプライヤーにとって、自社の排出量データを共有することへの抵抗感や、削減目標設定・実行への負担感がありました。特に、取引関係上の力関係からくる一方的な要請と捉えられるリスクがありました。
- 解決策: 単なるデータ提出の義務付けではなく、「共に脱炭素サプライチェーンを構築するパートナー」としての関係性構築に注力しました。プラットフォーム上で削減のメリット(例:将来的な競争優位、他社へのアピール)を伝え、優れた取り組みを行ったサプライヤーを表彰する制度を導入しました。また、再エネ導入に関する技術情報提供や、低金利ローンへのアクセス支援など、具体的な削減支援策を提示することで、協力のインセンティブを高めました。
- プラットフォーム導入・運用コスト:
- 課題: 高機能なデジタルプラットフォームの導入と、継続的な運用・保守には相応のコストが発生しました。
- 解決策: 導入前に詳細な費用対効果分析を実施し、Scope 3排出量削減によるブランド価値向上、顧客からの評価向上、将来的な規制対応コスト削減といった無形効果も加味して経営層の承認を得ました。運用コストについては、初期は対象サプライヤーを絞り込み、効果を見ながら徐々に拡大する段階的なアプローチを採用しました。
成功要因と戦略的示唆:共創とデジタル活用が鍵
この事例の成功には、複数の要因が複合的に作用しています。
- トップマネジメントの強力なコミットメント: Scope 3削減を経営の重要課題と位置づけ、必要なリソースと権限を付与したことが、全社的な取り組みを推進する基盤となりました。
- サプライヤーとの「共創」アプローチ: 一方的な要請ではなく、脱炭素という共通目標に向けたパートナーシップを重視し、データ提供や削減活動に対するインセンティブや支援を提供したことが、サプライヤーの積極的な参加を引き出しました。
- デジタルプラットフォームの戦略的活用: 複雑なサプライチェーン全体のデータを効率的に収集・可視化・分析し、サプライヤーとのコミュニケーションや削減支援を可能にするプラットフォームが、取り組みの基盤技術となりました。単なるツール導入に終わらず、運用体制やサプライヤーとの連携プロセスと一体で設計されたことが重要です。
- 段階的なアプローチ: 最初から全てのサプライヤー、全てのScope 3カテゴリーを対象とするのではなく、排出量の大きい主要サプライヤーから着手し、成功体験を積みながら徐々に範囲を拡大したことで、実現可能性と継続性を確保しました。
- 部門横断の連携: サステナビリティ部門だけでなく、調達、物流、生産、ITなど関連部門が密接に連携し、それぞれの専門知識を活かした施策を実行しました。
他の企業(特にターゲット読者の皆様)が自社の戦略立案や推進において参考できる点としては、以下の点が挙げられます。
- Scope 3マネジメントにおけるデジタル投資の戦略的重要性: 複雑化するScope 3排出量の把握と削減には、デジタル技術の活用が不可欠であることを認識し、単なるコストではなく戦略的投資と捉える必要があります。
- サプライヤーエンゲージメント設計の重要性: データ収集の負担軽減策、協力のインセンティブ設計、削減支援策など、サプライヤーが「協力したい」と思えるような仕組みを構築することが成功の鍵です。
- 目標設定と進捗管理の可視化: 誰が、いつまでに、何を削減するのか、その進捗はどうなっているのかをプラットフォーム上で明確にし、関係者間で共有することが、実行力を高めます。
- 外部パートナー(プラットフォーム提供者、コンサルタントなど)との連携: 自社に不足する技術やノウハウを補完するため、専門知識を持つ外部パートナーを効果的に活用することも有効です。
結論:デジタルとパートナーシップで拓くサプライチェーン脱炭素
本事例は、大手製造業がデジタルプラットフォームを戦略的に活用し、サプライヤーとの強固なパートナーシップを構築することで、複雑なScope 3排出量の可視化と効果的な削減を実現した成功事例です。データ収集の課題克服、サプライヤーエンゲージメントの強化、そして適切なデジタルツールの選定と運用体制の構築が、成功の重要な要素でした。
サプライチェーン全体での脱炭素は容易な道のりではありませんが、デジタル技術と「共創」のアプローチを組み合わせることで、着実に前進することが可能です。この事例が、貴社の脱炭素戦略、特にScope 3排出量削減に向けた取り組みを具体化する上での一助となれば幸いです。今後も、デジタル技術の進化やサプライヤーとの連携深化を通じて、サプライチェーン全体の脱炭素が加速していくことが期待されます。