製品パッケージの脱炭素化最前線:大手消費財メーカーにおけるバイオ素材等への転換事例と戦略的示唆
製品パッケージは、消費財メーカーのサプライチェーンにおいて重要な位置を占める排出源の一つです。特に石油由来プラスチックの使用は、原材料製造から廃棄に至るまで、多くの温室効果ガス排出を伴います。脱炭素経営を推進する上で、製品パッケージの環境負荷低減、中でも脱プラスチックや代替素材への転換は、避けて通れない課題となっています。
ここでは、大手消費財メーカーであるA社の製品パッケージ脱炭素化に向けた先進的な取り組みをケーススタディとして深く掘り下げ、その具体的な手法、成果、直面した課題と解決策、そしてそこから得られる戦略的な示唆を分析します。
A社における製品パッケージ脱炭素化の取り組み概要
A社は、多岐にわたる消費財(食品、日用品、化粧品など)を世界中で展開しており、年間数十万トン規模のプラスチックパッケージを使用しています。同社は早くから環境負荷低減を経営の重要課題と位置づけ、特に2030年までにパッケージにおける石油由来プラスチック使用量を半減し、すべてのパッケージをリサイクル可能、再利用可能、あるいは堆肥化可能にするという野心的な目標を設定しました。
この目標達成に向け、同社は主に以下の3つのアプローチを組み合わせて推進しています。
- プラスチック使用量そのものの削減(Reduce): パッケージの軽量化、濃縮製品への切り替え、詰め替え・リフィルの積極的な展開。
- リサイクル・再利用の推進(Recycle/Reuse): ポストコンシューマーリサイクル(PCR)プラスチックの利用拡大、回収スキームの構築、再利用可能な容器・サービスの開発。
- 代替素材への転換(Replace): 石油由来プラスチックに代わるバイオ素材、紙、ガラス、アルミニウムなどの利用拡大。
本ケーススタディでは、特に3つ目の「代替素材への転換」に焦点を当てます。A社は、製品カテゴリーや求められる機能性(例:バリア性、耐久性、安全性、見た目)に応じて、PLA(ポリ乳酸)、PHA(ポリヒドロキシアルカノエート)、セルロース由来素材、竹、バガス(サトウキビの搾りかす)由来の紙・成形品など、多様なバイオ素材や天然素材の採用を進めています。これらの素材は、植物由来であるため、ライフサイクル全体でのCO2排出量削減ポテンシャルが高いと考えられています。
取り組みのプロセスとしては、まず製品カテゴリーごとにパッケージに必要な機能性、コスト、サプライヤーの供給能力、廃棄・リサイクルインフラの現状、消費者の受容性などを評価します。次に、複数の代替素材候補についてLCA(ライフサイクルアセスメント)を実施し、環境負荷低減効果を定量的に比較検討します。その上で、最も効果的かつ実現可能性の高い素材を選定し、素材メーカーやパッケージメーカーと連携して技術開発や量産体制の構築を進めています。
定量的な成果
A社の代替素材への転換を含むパッケージ戦略は、着実に成果を上げています。
- 石油由来プラスチック使用量の削減: 2020年から2023年の3年間で、年間約2万トンの石油由来プラスチック使用量削減を達成しました。これは、目標達成に向けた重要な一歩です。
- CO2排出量削減(Scope 3): LCA評価に基づき、主にサプライチェーンの上流(素材製造段階)におけるCO2排出量を年間約5万t-CO2e削減したと試算されています。これは、代替素材の多くが製造過程でのエネルギー消費や原料由来の排出が石油由来プラスチックよりも少ないことに起因します。
- 新たな収益源・市場優位性: 一部のサステナブルパッケージ製品ラインは、環境意識の高い消費者からの支持を得て、市場平均を上回る売上成長率(約15%増)を示しています。また、環境配慮型パッケージの開発・導入に関するノウハウは、他の企業へのソリューション提供や共同開発の機会を生み出しつつあります。
- コスト影響: 短期的には、一部のバイオ素材は従来の石油由来プラスチックと比較して製造コストが10〜20%程度高くなる傾向が見られました。しかし、スケールメリットの追求、製造プロセスの最適化、サプライヤーとの長期的なパートナーシップによるコスト交渉により、徐々にその差は縮小しています。また、環境負荷低減によるブランド価値向上や将来的な炭素税・プラスチック税への対応コスト削減といった長期的な経済性も考慮に入れています。
直面した課題と解決策
この取り組みは順調に進んだわけではなく、いくつかの重要な課題に直面しました。
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技術的課題: バイオ素材は、石油由来プラスチックに比べて、バリア性(酸素や水蒸気を遮断する性能)、耐熱性、耐久性などが劣る場合が多く、食品や化粧品など品質保持が重要な製品への適用が困難でした。
- 解決策: 社内のR&D部門を強化し、素材メーカーや大学との共同研究を推進しました。特定の用途に特化した高機能なバイオ素材や、既存素材とバイオ素材を組み合わせた複合材の開発に注力しました。例えば、食品の鮮度を保つために、内層に薄いバリア材をラミネートしたバイオプラスチックパッケージを開発しました。
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コスト課題: 特に初期段階では、バイオ素材の製造コストや加工コストが従来のプラスチックよりも高く、製品価格への転嫁が難しいという課題がありました。
- 解決策: 大量購入によるスケールメリットの追求と、複数のサプライヤーからの調達による競争原理の導入を進めました。また、パッケージ全体の設計を見直し、使用する素材量を削減したり、生産工程を効率化したりすることで、トータルコストを最適化するアプローチを取りました。さらに、サステナブルな取り組みを製品の付加価値として消費者に適切に伝え、一定程度の価格プレミアムを受け入れてもらうためのマーケティング戦略も展開しました。
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サプライチェーンの課題: 新しいバイオ素材のサプライヤーは、従来のプラスチックサプライヤーに比べて数が少なく、安定供給体制や品質管理体制が確立されていないケースがありました。
- 解決策: 主要なバイオ素材サプライヤーとの間で、長期的な供給契約を締結し、投資支援や技術協力を行うことで、安定供給と品質向上を図りました。また、特定の素材に依存しすぎないよう、複数の種類のバイオ素材や代替素材を検討し、リスク分散を図っています。
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廃棄・リサイクルインフラの課題: バイオプラスチックの中には、特定の条件下でのみ分解されるもの(例:工業用堆肥化施設が必要なPLA)や、既存のリサイクルシステムで分別・処理が難しいものがあります。このため、パッケージが適切に処理されず、環境中に排出されてしまうリスクや、リサイクル率が向上しないという課題がありました。
- 解決策: パッケージには、使用素材の種類と適切な廃棄方法(例:燃えるごみ、プラスチックリサイクル、工業用堆肥化施設へ)を明確に表示しました。また、業界団体や自治体と連携し、バイオプラスチックを含む多様な素材に対応できる回収・リサイクルインフラの整備を推進するための働きかけを行っています。消費者啓発キャンペーンも実施し、正しい分別・廃棄方法に関する情報を積極的に提供しました。
成功要因と戦略的示唆
A社の製品パッケージ脱炭素化の取り組みが成功しつつある要因は複数考えられます。
- 経営層の強いコミットメント: 最高経営責任者を含む経営層が、サステナビリティ、特にプラスチック問題と脱炭素化を経営戦略の核として位置づけ、明確な目標設定と必要なリソース投資を決定しました。
- 明確な目標とロードマップ: 単なる環境対策としてではなく、「石油由来プラスチック使用量半減」といった具体的かつ測定可能な目標を設定し、それに向けて各部門が取り組むべきステップを明確にしたロードマップを作成しました。
- バリューチェーン全体での連携: 研究開発、調達、生産、マーケティング、営業といった社内各部門だけでなく、素材メーカー、パッケージメーカー、リサイクル事業者、小売店、消費者といった外部パートナーとの連携を密に進めました。特に、サプライヤーとの共同開発や長期的な関係構築が、技術的・コスト的な課題解決に不可欠でした。
- 科学的根拠に基づく意思決定: LCAを導入し、代替素材の環境負荷低減効果を定量的に評価した上で素材選定や投資判断を行いました。これにより、感覚的ではない、客観的な根拠に基づいた戦略推進が可能となりました。
- イノベーションへの投資: 新しいバイオ素材の開発や既存素材の改良、新しいパッケージング技術(例:詰め替えシステム、軽量化技術)への積極的な投資が、技術的課題の克服と競争優位性の構築につながりました。
これらの成功要因は、他の産業における製品・サービス脱炭素化やScope 3排出量削減戦略を推進する上で、重要な示唆を与えます。特に、自社だけでなくバリューチェーン全体を巻き込んだ目標設定と連携、そしてLCAなどのツールを用いた定量的な評価に基づく戦略的意思決定の重要性が改めて示されています。技術的・コスト的な課題は避けられませんが、経営層の強い意志と継続的なイノベーション投資、そしてパートナーシップ構築によって乗り越えることが可能です。
結論
A社の製品パッケージにおけるバイオ素材等への転換事例は、大手企業がサステナビリティ目標を達成するために、どのように具体的な技術開発、サプライチェーン連携、そして市場との対話を進めるべきかを示す好例です。製品そのものやその構成要素の脱炭素化は、Scope 3排出量削減に大きく貢献するだけでなく、企業のブランド価値向上、新たなビジネス機会の創出にもつながります。
もちろん、代替素材への完全な移行にはまだ多くの課題が存在し、素材の種類や地域によって最適なアプローチは異なります。しかし、A社のような先進企業の取り組みから学び、自社の製品ポートフォリオやバリューチェーンの特性を踏まえた戦略を着実に実行していくことが、脱炭素経営実現の鍵となります。今後も、技術革新やインフラ整備の進展に伴い、製品パッケージの脱炭素化はさらに加速していくと考えられます。