企業遊休地のGX戦略:オンサイト再エネ発電導入によるCO2削減と事業性創出事例
はじめに
大手企業にとって、脱炭素経営は単なる環境対応ではなく、競争力強化と新たな事業機会創出のための戦略的な取り組みとなっています。Scope 1, 2排出量の削減は喫緊の課題であり、自社施設での再生可能エネルギー活用はその有効な手段の一つです。特に、工場や倉庫、物流拠点などが保有する未利用の土地、すなわち遊休地を活用したオンサイト型の再生可能エネルギー発電事業は、自社使用電力の脱炭素化に加え、コスト削減や新たな収益源確保にも繋がりうるポテンシャルを持っています。
本稿では、企業が遊休地を活用してオンサイト再生可能エネルギー発電(主に太陽光発電を想定)を導入する際の具体的なアプローチ、期待される定量的な成果、直面しうる課題とその解決策、そして成功のための戦略的示唆について、具体的な事例や知見に基づいて解説します。
事例の具体的な取り組み内容とプロセス
多くの製造業や物流業を営む企業は、かつて大規模な土地を確保していた名残や、事業再編の結果として遊休地を保有していることがあります。これらの遊休地は、電力消費地(自社施設)の近傍に位置しているため、発電した電力を直接消費するオンサイト型再生可能エネルギー発電に適しています。
一般的な遊休地活用のプロセスは以下の通りです。
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実現可能性調査(フィージビリティスタディ):
- 遊休地の現況調査:面積、形状、日照条件、地盤、既存インフラ(造成状況、送電線等)を確認します。
- 系統連携検討:最寄りの電力系統への接続可否、容量、費用、手続き等を電力会社と協議します。
- 法規制調査:建築基準法、農地法(一時転用)、都市計画法、森林法、環境アセスメント等、関連法規への適合性を確認します。
- 発電量シミュレーション:気象データに基づき、想定される年間発電量を算出します。
- 事業性評価:初期投資額、運転維持費用(O&M)、想定収益(自家消費、売電収入、PPA料等)、投資回収期間、IRRなどを算出します。
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事業モデルの検討と選定:
- 自己所有・自己消費型: 企業が設備を所有し、発電した電力を自社施設で全量または大部分を消費するモデルです。設備投資は自社負担ですが、エネルギーコスト削減効果が直接得られます。
- 第三者所有型PPAモデル: 外部のPPA事業者が設備を設置・所有・維持管理し、企業は発電した電力を電力料金としてPPA事業者に支払うモデルです。初期投資負担を抑えつつ、再エネ電力を利用できます。契約期間満了後に設備を譲渡されるケースもあります。
- 全量売電型: 発電した電力を電力会社や新電力に売電するモデルです。FIT制度の活用やFIP制度への対応が必要となります。遊休地の規模が大きく、自社消費ニーズを超える場合に検討されますが、FIT終了後の売電価格変動リスクに留意が必要です。
- ハイブリッド型: 上記を組み合わせるモデルです(例:一部を自己消費し、余剰分を売電または他の拠点に送電)。
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設計・許認可: 選定した事業モデルに基づき、設備の詳細設計を行い、電力会社との系統接続契約、関係省庁への事業計画認定申請(FIT/FIP活用の場合)、建設に関わる各種許認可申請を行います。
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建設・導入: EPC(設計・調達・建設)事業者に委託し、設備の設置工事を行います。安全管理、品質管理が重要となります。
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運用・保守(O&M): 稼働開始後、日々の発電状況モニタリング、定期点検、トラブル発生時の修理などを専門業者に委託します。長期安定稼働のために不可欠なプロセスです。
多くの企業では、初期投資負担や事業運営の専門性不足から、第三者所有型PPAモデルを選択するケースが増えています。これにより、企業は初期投資を抑えつつ、長期的に安定した価格で再生可能エネルギー電力を調達し、Scope 2排出量の削減を実現できます。また、PPA事業者から土地の賃料収入を得られる場合もあり、遊休地の有効活用に繋がります。
定量的な成果
遊休地でのオンサイト再エネ発電導入により、以下のような定量的な成果が期待できます。
- CO2排出量削減: 発電した再エネ電力の自家消費量に応じたScope 2排出量(電力使用に伴う排出)の大幅な削減が可能です。例えば、年間1,000MWhの太陽光発電による自家消費は、CO2換算で年間約400〜500トン(日本の電力排出係数による)の削減に貢献します。敷地面積や導入規模によっては、年間数千トン、数万トン規模の削減も可能です。
- エネルギーコスト削減: 購入電力の一部を自家消費に置き換えることで、電力会社からの買電量を減らせます。特に電力価格が高騰するリスクがある中、PPAモデルであっても長期固定価格での電力調達は、エネルギーコストの変動リスクを低減し、削減に繋がります。企業によっては、年間数千万円〜数億円規模の電力コスト削減効果が見られます。
- 新たな収益源: 余剰電力の売電収入や、PPAモデルにおけるPPA事業者からの土地賃料収入、または発電した電力の環境価値(非化石証書等)の売却による収入が得られる場合があります。これにより、これまでコストセンターであった遊休地をプロフィットセンターに変えることが可能です。
- 投資回収期間・IRR: 自己所有型の場合、初期投資額、発電量、電力価格、O&Mコストによって変動しますが、一般的に10年〜15年程度での投資回収が見込まれます。PPAモデルの場合は、企業側の初期投資はほぼゼロとなります。内部収益率(IRR)も、プロジェクトの条件次第で一般的な事業投資と同等以上の水準を達成しうる可能性があります。
これらの成果は、遊休地の広さ、日照条件、立地(系統連携の容易さ)、選択した事業モデル、電力単価、初期投資額、O&Mコストなど、様々な要因によって異なります。事前の詳細なフィージビリティスタディが重要です。
直面した課題と解決策
遊休地でのオンサイト再エネ導入は、多くのメリットがある一方で、いくつかの課題に直面する可能性があります。
- 課題1:初期投資の大きさ(自己所有型の場合)
- 解決策: グリーンボンド発行やサステナビリティローンといったグリーンファイナンスの活用、PPAモデルの採用による初期投資負担の回避、補助金制度の活用などを検討します。複数の資金調達手法や事業モデルを比較検討し、自社の財務状況やリスク許容度に応じた最適な方法を選択します。
- 課題2:電力系統への接続制約
- 解決策: プロジェクトの初期段階で電力会社と密接に連携し、系統容量や接続費用、工事期間などについて詳細に協議します。場合によっては、系統増強費用が発生したり、接続まで時間を要したりすることがあります。これを回避するため、自立分散型システム(蓄電池併設など)の検討や、自家消費を最大化する設計変更なども有効な選択肢となります。
- 課題3:法規制や許認可プロセスの煩雑さ
- 解決策: 再エネ導入に関する専門的な知識を持つコンサルタントや法務専門家の支援を得ることが不可欠です。特に農地転用や環境アセスメントが必要な場合、手続きに時間と労力がかかります。早期に専門家と連携し、計画的なスケジュール管理を行います。
- 課題4:遊休地の物理的条件(地盤、既存構造物、日陰など)
- 解決策: 詳細な現地調査を行い、必要に応じて造成工事や既存構造物の撤去を行います。地盤が弱い場合は、基礎工法を工夫したり、設置場所を調整したりします。近隣の建物や樹木による日陰の影響を正確に評価し、発電量シミュレーションに反映させるとともに、パネル配置を最適化します。
- 課題5:地域住民との合意形成
- 解決策: 事業計画について、地域の住民や自治体に対し、丁寧な説明会を実施します。騒音、景観、災害リスクなど、懸念される事項について誠実に対応し、理解と協力を求めます。地域の雇用創出や防災機能の強化など、事業を通じて地域に貢献できる点を具体的に示すことも有効です。
これらの課題に対し、成功している企業は、プロジェクトの早い段階でリスクを特定し、専門的な知見を持つ外部パートナー(EPC事業者、O&M事業者、コンサルタント、PPA事業者など)と連携して、計画的に解決策を実行しています。
成功要因と戦略的示唆
遊休地活用によるオンサイト再エネ発電事業の成功には、いくつかの重要な要因があります。
- 経営層の強力なコミットメント: 脱炭素経営と遊休地活用を企業の重要戦略と位置づけ、必要なリソース(資金、人材)を投入する経営判断が不可欠です。長期的な視点で事業性を評価し、短期的なコストだけでなく、環境価値やレジリエンス強化といった非財務価値も考慮に入れることが重要です。
- 多部門連携による推進体制: サステナビリティ部門だけでなく、財務部門、設備管理部門、法務部門、不動産管理部門、広報・IR部門、さらには事業部門が連携し、それぞれの専門知識を結集できる推進体制を構築します。特に財務部門との連携は、事業性評価や資金調達において重要です。
- 信頼できる外部パートナーの選定: EPC事業者、O&M事業者、PPA事業者など、豊富な実績と高い技術力・提案力を持つパートナーを選定することが、プロジェクトの品質と安定稼働を左右します。複数社から提案を受け、技術内容、価格、実績、サポート体制などを総合的に評価します。
- 長期的な視点での事業性評価: FIT期間終了後の電力価格変動リスクや、設備のライフサイクル全体でのO&Mコスト、将来的な再エネ技術の進化(例:ペロブスカイト太陽電池など)や蓄電池併設の可能性なども考慮に入れた、長期的な視点での事業計画と財務モデリングを行います。
- 地域との良好な関係構築: 地域社会の一員として、事業によるメリット(環境貢献、災害時の電力供給拠点化など)を共有し、懸念点に対して真摯に対応することで、円滑な事業推進と企業のレピュテーション向上に繋がります。
他の企業(特にターゲット読者のようなサステナビリティ担当者)が自社の戦略立案や推進において参考にできる示唆として、まず自社が保有する土地・建物のポテンシャルを改めて洗い出すことから始めることが挙げられます。遊休地だけでなく、工場や倉庫の屋根、駐車場などもオンサイト再エネの設置場所として検討可能です。次に、脱炭素効果だけでなく、コスト削減、収益創出、レジリエンス向上といった多角的な視点から、それぞれの場所・事業モデルの事業性を評価することです。そして、初期投資や専門性といった課題に対して、PPAモデルや外部パートナーとの連携といった様々な解決策があることを認識し、自社に最適なアプローチを選択・実行していくことが重要です。
結論
企業が保有する遊休地を活用したオンサイト再生可能エネルギー発電事業は、Scope 1, 2排出量の大幅な削減を実現し、脱炭素経営を加速させる有効な戦略の一つです。同時に、エネルギーコスト削減や新たな収益源確保といった経済的なメリットももたらし、企業のレジリエンス強化にも貢献します。
プロジェクトの推進においては、初期投資、系統連携、法規制、地域連携など、様々な課題が想定されますが、これらは事前の詳細な計画、専門的な知見を持つパートナーとの連携、そして経営層の強力なコミットメントと多部門連携による推進体制によって克服可能です。
本稿で述べた取り組み内容、定量的な成果、課題と解決策、成功要因と戦略的示唆が、皆様の企業の脱炭素戦略策定や、未活用資産の有効活用を通じた新たな事業機会創出の一助となれば幸いです。自社のポテンシャルを最大限に引き出し、持続可能な社会の実現に貢献するための、戦略的な遊休地活用を是非ご検討ください。